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「グッ……この、化け物がぁ……っ!!」
その言葉を最期に、不死身の王ゴランは息絶えた。
この迷宮で何人もの命を奪って来たであろう彼の死に顔は、
恐怖そのものだった。だが、そうなるのも無理はない。
なぜなら、ゴランが戦った相手は、彼の断末魔通り、化物だったからだ。
「……少し、疲れたな。ウネ、五分経ったら起こしてくれ」
「う、うん……わかったよ、ザック」
ザックと呼ばれた男はゆっくりと剣を収め、その場に座る。
そして、静かに寝息を立て始めた。
その姿を見て、ウネは彼と初めて出会った時を思い出す。
――今から五年前。王都ブレストの領地内、グルーム村に突如、
謎の迷宮が現れた。
気づいたのは領地に住む人々で、始め、彼らはそこに立ち寄ろうとはしなかっ
た。だが二、三日すると、迷宮の中から人や獣の声が聞こえるようになった。
そこで、住民たちは有志を募り、迷宮を調べることにした。
しかし、結果的に帰って来たのは一人のみ。
その人物もまた、何かを言う前に死んでしまった。
事態を重く見た村長は、直ちに王都へ馬を走らせ、迷宮の存在を伝えた。
そして王都ブレストを治めるグレンは、報告を受け調査隊を派遣。
迷宮の攻略へと乗り出した。
だが、三度の派遣を経ても、迷宮の踏破はおろか、最深部にすらたどり着くことはできなかった。このままでは兵士を無駄死にさせてしまうだけ。
そこでグレンは、迷宮の存在を各地に報せ、冒険者を募ることにした。
迷宮を踏破した者に褒美は惜しまない。
王の名のもとに、末代までの財と名誉を約束する、と。
その効果は絶大で、瞬く間にグルーム村は冒険者たちで溢れかえった。
そして冒険者たちが集まると同時に、各地の商人たちもこぞって店を出す。
その結果、のどかだったグルーム村は、ちょっとした都市ほどの人口と、
賑わいを見せるのであった。
さらに、肝心の迷宮攻略も、ようやく動きを見せ始める。
相変わらず多くの冒険者は帰って来ることはなかったが、
ごく稀に、息絶え絶えで戻って来る者もいた。
その者たちの情報を集め、徐々に迷宮の様子が明らかなになる。
どうやら迷宮は五層からなっており、下に行けば行くほど、
凶悪な魔獣がいるらしい。
だが問題はそれだけではない。迷宮内には、あちこちに罠も設置されており、
未熟な冒険者は、それで命を落としていたようだった。
その結果を受け、冒険者たちは互いに協力し合うことにした。
まず熟練の冒険者たちが各層の罠、魔獣の位置を探る。
そして彼らの後ろにいる若い冒険者が、その位置を記録する。
それを続けること一か月。ついに迷宮の地図が完成した。
未だ五層に踏み入れた者はいないが、それも時間の問題だろう。
グルーム村に集まった冒険者たちは、迷宮踏破という希望を胸に抱き、
迷宮に潜って行った。
だが、事態は急変する。
迷宮から戻ってきた新米冒険者が、血相を変えて叫んだ。
「迷宮の構造が、変わってる!!」
最初は皆、ただの冗談だと思っていたが、
そのあと戻ってきた冒険者たちも、口をそろえて同じことを言った。
なんと、迷宮は一夜にして姿を変えてしまったのである。
何が原因かはわからない。だがこうして、また迷宮攻略は
振り出しに戻ってしまったのであった。
それから五年。迷宮は事あるごとに姿を変え、
冒険者たちを飲み込み続けた。
かつては迷宮攻略に活気づいていたグルーム村も、
今はそのなりを潜めてしまった。
ここにいるのは夢破れ酒に溺れる冒険者と、死にたがりの新米冒険者だけ。
だがそんな連中を尻目に、一人の少女が目を輝かせながら迷宮に入って行く。
名前はウネ。彼女は冒険者ではない。では、なぜ迷宮に潜るのか?
それは、迷宮が彼女の稼ぎ場だからだ。
「うわ~、今日もいっぱい死んだなぁ」
ウネは迷宮内に転がっている冒険者たちの死体を値踏みするように見つめる。
「おっ、これはなかなか高く売れそうね!」
「おおっ、この鎧もいいじゃん!」
そう言って、彼女は嬉々とした表情を浮かべながら、
死体から装備を剥いでいく。
「よしっ、今日は大量だ~♪早いけど、もう帰ろうっと」
迷宮から戻ったウネは、商店に直行する。
「おう、ウネ。また死体から剥ぎ取ってきたのか?」
「もっちろん。どうよ、この鎧?」
「ふむ、こいつは鉄製か。傷もねぇし、血を洗えば、また使えそうだな」
「でしょでしょ。次は、この剣!」
「ほほう、こいつは中々の代物だ。おい、この持ち主はどこで死んだんだ?」
「一層の途中。まだ若かったし、今回が初めての探索だったかもね」
「なるほど、新米にゃあ過ぎた武器だったな。
ま、おかげでウチは儲かるんだが」
「それで、いくらで買い取ってくれるの?」
「今回は質の良いもんが多かったからな……こんぐらいでどうだ?」
「えー、もうちょっと奮発してよ」
「ダメだ。これ以上は出せねぇ」
「これはアタシが命がけで持って帰って来たのよ?もう少し色を付けてもいいじゃん」
「こっちも商売なんでな。びた一文、譲る気はねぇ」
「あっそ。んじゃ、他の店で買い取ってもらおうかな」
「やめとけ。どうせ他の店も一緒だ」
「それはどうかしら。最近、ゾラさんの店が繁盛してるみたいだし、
あっちならもっと高く買ってくれると思うわ」
「……おい待て。これ以上、あいつの店を繁盛させるな」
「知ったこっちゃないわよ。どこに売りに行こうと、アタシの勝手でしょ?」
「チッ、わかったよ……これでどうだ?」
「おおっ、こんなにくれるの!?」
「ああ。その代わり、ウチの店を宣伝してくれよ?」
「まっかせて!んじゃ、またね~~!」
「まったく……小娘の癖に、口だけは回りやがる」
店を後にしたウネは、教会へと向かった。
「神父様、いるー?」
「ああ、ウネですか。今日はどうでした?」
「一層で十人死んでたよ。死体の損壊はひどくないから、
直接運んでも大丈夫」
「そうですか。では、後で回収しておきます」
「うん、よろしくね~」
神父への報告を終えたウネは、近くの食堂で食事を済ませ、
木造の小屋へと帰って来た。
「はぁ~、今日は久々に良い稼ぎだったな。この調子で頑張らないと!」
これが、彼女の日常だった。物心ついた時に親に捨てられた彼女は、
人が集まるこの村を訪れ、物乞いの日々を送っていた。
始めは哀れに思った冒険者たちから食料をもらい生き長らえていたが、
迷宮の攻略がとん挫したことで、それができなくなった。
このままでは飢え死にか、己の身体を売って生活するしかない。
だが彼女が選んだのは、迷宮での追い剥ぎであった。
迷宮には冒険者と、彼らの死体を運ぶ者しか来ない。
始めは彼らの遺品も一緒に埋葬されていたが、
中には質の良い装備もあったので、村の商人たちは買い取りを申し出た。
この村の唯一の神父であるプルトンは乗り気ではなかったが、後の
冒険者の手助けになるはずだ、と説得され、渋々承認した。
だが、遺体回収人たちも手練れではないので、なかなか装備を含めて
運ぶことができなかった。
そこに目を付けたウネは、自ら迷宮に潜り、彼らの遺品を持って
帰ることにした。
最初は商人たちに相手にされなかったり、足元を見られていたが、
色んな品を見たことにより、ウネも目利きができるようになった。
そして今では、商人相手に一歩も譲らず交渉できるようになったのである。
「もう少し……あと少しで目標のお金が貯まる。そうしたら、この村を出て、
世界中を旅するんだ」
「そして、いつか豪華な家に住んで、美味しいものを毎日食べる!
アタシを捨てた両親が後悔するくらい、贅沢な暮らしを手に入れるんだ!」
ウネは決意を新たにして、眠りについた。
そして、次の日。
彼女はいつもと同じように迷宮に潜り、死体を探す。
だが――
「う~ん、今日は死体が少ないなぁ。
まぁ、冒険者にとってはいいことだろうけど」
「でも、アタシにとっては死活問題よ。危ないけど、
二層まで行ってみようかな」
などと言いながら、ウネは迷宮を進んで行く。
すると、ようやく念願の死体を見つけることができた……のだが、
「うわっ……ひどいわね、これ」
目の前の男の死体は、全身傷だらけで、ひどく損壊していた。
普通の人間なら、目を背けてしまうだろう。
男は座った状態で死んでおり、手元には剣があった。
おそらくモンスターに襲われて逃げてきた後、
ここで息絶えたのだろう。
「こんなにボロボロになるなんて、コイツよっぽど弱かったのかしら?」
「まぁ、死体は後で運んでもらうとして、まずは装備を――」
「……おい、何してる?」
「何って、装備を剥いでんのよ」
「なんでそんなことをするんだ」
「だって、死人には武器も防具も必要ないでしょ。
だからアタシが……って」
「し、死体が喋ったああああああ!」
ウネは慌てて後ずさりする。直後、目の前の死体はゆっくりと立ち上がった。
「嘘……なんで生きてんのよ!?」
「落ち着け。まず俺の剣を――」
「来るな!化け物!」
ウネは近くにあった石を男に投げつける。
石は男の頭に当たり、男はその場に倒れた。
「はぁ……はぁ……今度こそ、死んだわよね」
ウネは恐る恐る男に近づき、顔を覗き込む。
すると、男はすぐに目を開け、彼女を見つめた。
「ひいいっ!」
「いきなり人に石をぶつけるなんて、どんな神経してるんだ?
お前、それでも人間――」
男の言葉を聞き終わる前に、ウネの意識は遠のいた。
「おい。まだ俺の話は……くそっ」
「…………う、う~ん」
目が覚めると、ウネはまだ迷宮にいた。
「……あれ?アタシ、何してたんだっけ?」
ウネは身体を起こし、辺りを見回す。
気づくと、身体にローブがかけられていた。
「ん?これは――」
「目が覚めたか」
後ろから声をかけられ、ウネは振り返る。
すると、そこにはあの男がいた。
「ひっ……!あ、ああ……!」
彼女は先ほどのことを思い出す。いつものように死体から装備を剥ぎ取ろうとした時、その死体が喋り出したこと。挙句の果てには、立ち上がり近づいてきたことを。
「待て。頼むから、落ち着いてくれ」
「で、でも、アンタ――っ!」
「言いたいことはわかる。何を考えているかもわかる。
だが、これだけは言わせてくれ」
「俺は人間だ。一応な」
男はウネを諭すように、そう言った。
「けど、その傷は……」
「ああ、わかってる。普通の人間なら、とっくに死んでるよな」
「でも、俺は死なないんだ」
「そんなの変よ!」
「だよな。まぁ、話せば長くなるんだが……」
そう言ったきり、男は黙ってしまう。
「ちょ、ちょっと、なんで黙ってるの?」
「いや、話したところでどうなるわけでもないし。
とりあえず、俺のことは見なかったことにしてくれ」
「無理よ!」
「そこをなんとか。俺はただ、この迷宮の主に用があるだけなんだ」
「主って……アンタ、何するつもり?」
「も、もしかして、化け物同士、手を組むんじゃ!」
化け物。その言葉を聞いた瞬間、男はふと目を伏せる。
だが、すぐにウネを見つめた。
「……違う。俺は、この迷宮の奥にいる奴を殺しに来たのさ」
「殺す?アンタが?」
「ああ。恐らく、この迷宮を作った奴は、俺を死ねない身体に変えた奴だ」
「だから、俺の手で殺す」
男の表情は、その青白い身体と同様に、冷たかった。
だが、それに反するように、男の言葉からは熱く激しい怒りが伝わってくる。
「アンタ、何があったの?」
「言っただろ、話したところでどうにもならないって」
「アンタの身体、どうなってるの?なんでその状態で生きていられるわけ?」
「色々と事情があるんだ。それにこの身体になって、もう五十年だ。
いい加減、慣れたよ」
「五十年!?アンタ、今何歳なの?」
「死んだ時は二十五だったかな。それから、この身体になって五十年だ」
「そ、そうなんだ……」
「じゃあ、俺はそろそろ行くよ。脅かして悪かったな」
そう言って、男はよろよろと歩き出す。
全身に傷を負ってはいるが、歩くことはできるらしい。
「ま、待ってよ!まだ話は終わってないわ!」
「俺から話すことはない。それに、ここはお前みたいな
子供が来るとこじゃないだろ」
「勘違いしないでよね。アタシは毎日ここに来て、アンタみたいな
死体から追い剥ぎしてるのよ」
「ああ、俺の武器も取ろうとしてたっけ。まったく、罰当たりな奴だな」
「うるさいわね!こうでもしなきゃ、生きていけないのよ!」
「……そうか。軽はずみな事を言って悪かった」
「う……と、とにかく、迷宮に関しては、アタシの方が詳しいの!」
「じゃあ、道案内でもしてくれるのか?」
「それは……無理。この迷宮、二層から構造が変わるから」
「じゃあ、さっさと帰るんだな」
「嫌よ!まだ今日の稼ぎが終わってないんだから!」
「なら、これを持って行け」
そう言って、男はゆっくりと懐をまさぐる。
そして、大量の金貨を取り出した。
「え!?こ、これ、どうしたのよ!」
「前に魔獣を倒した時に見つけたんだ。そいつは変わり者で、
殺した人間の持ってる物を集めるのが好きだったようだ」
「ふーん。魔獣も、アタシと同じことしてるんだ」
「今の俺に金は必要ない。だから、お前がもらってくれ」
「でも、これだけあれば、美味しい物いっぱい食べられるわよ?」
「そうだな」
「それに、フカフカのベッドにも眠れるし」
「だろうな」
「アンタ、酒は飲むの?この金貨を見せれば、酒屋にいる女たちが
喜んでお酌を…………あ」
「わかってくれたか?」
「……うん」
そうだ。どんなに金を持っていたとしても、
ボロボロの歩く死体を迎え入れる奴がいるだろうか?
そんなの、いるわけがない。
「幸い、俺は腹が減ることも、のどが渇くこともない。
ちょっと休めば平気なんだ」
「だから、遠慮せず使ってくれ」
そう言い残し、男は再び歩き出す。彼が渡してくれた金貨は、
今のウネには充分すぎるほどだった。家に隠してある貯金と合わせれば、目標の金額にも届くだろう。そして、念願の世界を旅することができる。
だが、ウネは帰らなかった。
「待ちなさい!アタシもついて行くわ!」
「どうしてだ?金は今やっただろ」
「こんな金、いらない!アタシはアタシの力で、稼ぐのがモットーなの!」
「頑固なやつだな」
「それに、アンタは迷宮の主を倒すんでしょ?
だったら、その主が身に着けてるものをアタシがいただくわ」
「アンタは迷宮の主を倒す!アタシはそいつの装備を剥ぎ取る!
どっちも得するじゃない!」
「そうなのか?」
「そうなの!さぁ、行くわよ!」
ウネは男を追い越し、速足で進んで行く。
どうして、この男にこだわるのか自分でもわからない。
ただ、フラフラと力なく歩く男の姿が、かつての自分と重なった気がした。
きっと、この男も色んなことで虐げられてきたに違いない。
それも、自分とは比べ物にならない程に。
これは憐れみ?それとも同情?まさか、仲間意識?
答えの出ない問いが何度も湧いてくる。
気が付けば、二層へ続く階段へと来てしまっていた。
「……ああもう、考えるのはヤメ!」
「いい?ここからが本番よ。何があるかはわからないから、注意して」
ウネは男に忠告するため振りむく。だが、そこに男はいなかった。
よく見ると、先ほどの位置からほんの少し進んだところを歩いている。
「何してんのよ!早く来なさいってば!」
「無理だ。これ以上、早く歩けない」
「…………あ、そう」
しばらくして、男がウネに追いつく。
「悪い、待たせたな」
「待たせ過ぎよ!いい、ここからが本番だからね!」
「わかってる。迷宮の構造が変わるから、何があるかわからないんだろ?」
「そう。だから、じっくり攻略していきましょう」
「ああ。そう言えば、お前は戦えるのか?」
「無理に決まってるじゃない。アタシ、か弱い女の子なんだから」
「そうか。じゃあ、魔獣が出た時は、すぐに逃げてくれ」
「わかってる。ていうか、アンタこそ戦えるの?」
「ああ。普通の人間の戦い方とは、少し違うがな」
「ふーん。じゃあ、戦闘はよろしくね」
「……あ、そう言えば」
「アンタ、名前はなんていうの?」
「ザックだ」
「そう。アタシはウネ、よろしくね」
「ああ、よろしく」
「それじゃあ行きましょう!迷宮の主を倒して、お宝をゲットするわよ!」
こうして、追い剥ぎの少女ウネと、歩く死体ザックの
冒険が始まったのであった。
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