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わたしはずっと後悔していることがある。ある男の子に言えなかった言葉があった。
小学生時代、わたしは同級生の女の子達から嫌がらせを受けていた。内気で言い返せず、ずっと独りで泣いていた。ある秋の日、公園で同い年くらい男の子に話しをかけられた。見た事のない顔だったため、すぐに違う学校の子なのだとわかった。
『君、なんでいつも寂しそうな顔をしているの』
男の子の質問に、わたしは『あなたには関係ないと思うんですけど』と冷たくあしらった。それなのに男の子はフーンという感じであった。怒ったりはしないのだろうか。わたしは男の子の顔色をうかがった。彼は顔色を変えず、ずっとどこか遠くを見ているようであった。
『俺、たまにあんたの事、見かけてたんだよね。なんかいつも下ばかり見てて、あいつ大丈夫かよって思ってた』
近隣の小学校との学区の間に文具店が開いているのを、思い出した。鉛筆や消しゴムを隠される事が頻繁にあり、よく通っていた。そのときに見かけていたのだろう。ブランコの鎖をギュッと握りしめ、小さく地面を蹴った。わたしは男の子に、学校で自分がどんな存在かを話した。いずれにせよ、話すしかなかったと思ったから。男の子は『そうか』とそれ以上は何も言わなかった。変に反応されるよりは嬉しかった。それから、わたしはその子とよく会うようになった。
それは三ヶ月経った頃、事件が起きた。黒板に男の子と写っている写真が貼られ、大きな文字で〈木下 架純はいんらん〉と書かれていた。一気に血の気が引いたのがわかった。わたしは魂が抜けるようにその場に座りこんだ。こういう事されてしまうとどうしたらいいのかわからなかった。ただただ怖かった。クラス中に聞こえてくるクスクスと笑う声。このクラスの中でわたしを助けてくれる人なんていない。だんだんと周りが真っ暗になっていった。気づいたら保健室のベッドで眠っていた。あのあとわたしは教室で気を失ったらしい。
わたしがベッドで眠っている間に、担任と教頭、そして校長がそれぞれクラスメイトに事情聴取が行われ、イジメと判定された。わたしは特別学級へ入る事となった。だけど声を発する事ができなくなっていた。イジメによる過度のストレスが原因であった。いつしか学校から足が遠ざかっていった。
わたしは男の子と会っていた公園で、独り泣いていた。
『お前の泣いてる顔、やっと見れた』
男の子の笑顔が目に入り、わたしは彼に胸に飛び込んだ。悲しくて苦しくて、どうしようもなくなってしまった。男の子は優しく撫でた。とても暖かな手。わたしが今欲しかったのは彼の優しさだった。なのに声がでないのがもどかしい。声に出して言いたかった。〈ありがとう〉という気持ちを。
後日、わたしは母方の祖父母に預けられる事になった。もちろん転校した。男の子とはお別れができていなかった。今後、もう会えないかもしれない。それがとても切なかった。もしまた会えるのならば、きちんと自分の気持ちを伝えたい。それまでにわたしは声を出せるように心のリハビリを始めた。祖父母の畑を手伝ったり、できる限りご近所の人達を交流を図った。
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