天才少年保護特区

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「好きっす!」 「止めとけ」  金髪の少年は自分の想いを素直に言動で表す主義である。  感謝や好意だけに限った話ではなく、無関心や嫌悪についても同様である為、手放しに良い事であるとは言えないが。  それでもそうした己の主義に則って、親友と呼べるほど親しい黒髪の幼馴染に改めて好意を伝えたのだが、相手の反応は肯定でも否定でもなく、あまりにも無感情に発せられたその言葉だった。  付き合いは長くなるというのに、彼のこんな声を聞いた事はない。それが金色にとっては大分ショックだったけれど、それよりも優先するべき事が彼にはあった。  幼馴染の表情がおかしいのだ。  好きだと言う言葉が嬉しくて微笑む事も、不愉快に感じて顔を顰める事もしない。  ただ、金色を憐れむような、どこか寂しく思っている様な、そんな眼差しをして、眉を少し垂れ下げて、「止めとけ」と言った。好意を拒絶するにしては妙だ。  少なくとも金色が知っている好意の拒絶ではない。彼にとっての拒絶は顔を露骨に顰め、思い付いた暴言を添えて、ハッキリきっぱり断る事なのだから。  しかし黒色がやさしい性分をしている事を、金色は知っていた。幼馴染である自分を気遣って、「オレは嫌いだ」「ずっと付き纏ってきて迷惑で仕方がなかった」と言えず、どうにかこうにか傷付けまいと言葉を選んでいても、不思議はない。  とは言え、それが彼なりの気遣いだったとしても金色にとっては逆効果だ。  自分がはっきりと想いを伝える様に、相手にもはっきりと本心を返して欲しい。それが彼の目には有象無象として映る其の他大勢であればまだしも、大切で大好きな幼馴染ともなれば尚の事。  此方の気持ちを伝えたのに、向こうの気持ちを受け取る事が出来ないのは、酷く気分が悪かった。否定であるのなら其の否定をしっかりと受け止めたいのだ。  ()しんば、「止めとけ」という言葉其の物が黒色の本心であると言うのなら、せめて理由位は聞かせて欲しい。  その想いを込めて露骨に不満そうに黒色を見つめるが、彼はなかなか口を開いてはくれなかった。彼ほどの人間であれば、他者の心を読み取るなどそう難しい事ではないだろう。ましてや付き合いが長く深い幼馴染。言外の意を理解するなど、朝飯前の筈だ。  そうだというのに、黒色は何も言わない。まるでこのやり取り事態無かった事にしてしまいそうにも思えて、金色は強く自分の拳を握り込む。  そんな事は御免だった。もしも此の儘あやふやにしておけば、昨日迄の様にただただ笑って、くだらない話で盛り上がる関係に戻れるのだとしても。黒色はそれを望んでいたとしても。他ならない自分の手で、其処に戻る帰り道を塞ぐ事になろうとも。  この言葉をあやふやに終わらせてしまいたくない。煩い心臓を少し落ち着かせようと1度深呼吸をしてから、覚悟を決める為に握っていた拳をゆっくりと解く。  油断すれば感情的に叫んでしまいそうだったから、それだけは気を付けて、努めて冷静に、普段以上にゆっくりと言葉を紡いだ。 「止めとけ、ってなんすか? もし気を遣ってくれていたなら、申し訳ないんすけど。オレは、嫌なら嫌、ってはっきり言ってもらった方が、嬉しいっす」 「お前の性分は理解しているつもりだ。だからオレの言葉はそのままの意味だよ。友愛にせよ恋慕にせよ、オレに好意を向けるのは止めとけ。お前には悔恨しか遺さねぇから」 「……どういう意味、っすか?」  黒色の顔は相変わらず、憐れみと寂しそうな色が浮かんでいたが、言葉を紡いでいく内にその比率は変わっていった。徐々に憐れみが消えていき、代わりに寂寥(せきりょう)が色濃くなっていく。  金色は鈍感ではない。だからその変化はハッキリと分かった。問い返す言葉から破棄は削げており、弱々しくなっていく。  しかし、問わずにはいられなかった。黒色のこんな顔を見てしまえば、尚更である。黒色が寂しそうにしているのなら、どうにかしたい。その原因が誰かに取り除けるものであるのなら、その「誰か」は「自分」であって欲しかった。  黒色は金色の言葉に躊躇いを見せて目線をあちこちに泳がせた後、そっと金色を真正面に捉える形で止めた。腹を決めた様に見せつつ不安は拭いきれないのか、左手の指先が右側よりも長い自身の髪をくるくると弄んでいる。 「……お前はオレの立場を知ってるか?」  そんな風に躊躇いながらも問われた言葉は、拍子抜けするほど今更で、幼馴染の金色でなくても、この国で暮らす人間であれば、誰でも知っているような常識。  予想外の問い掛けに目を丸くさせつつも、金色は頷いて返す。 「そりゃあ知ってるっすよ。天才少年。通称、国の頭脳。お偉方の大人さえアンタを前にすれば(かしず)く程なんでしょう?」 「じゃあ天才少年保護特区も知ってるな?」 「オレは頭の良さはイマイチっすから詳細を語るのは無理っすけどね。天才少年の生活を守って、外部から悪い刺激を与えられない様にするとか、なんとか。この国が正にそうなんすよね」 「ああ。でもそれなら“天才”保護特区でも構わなかっただろ? この国の保護特区に態々(わざわざ)“少年”が付けられているのは、“天才少年”に固執してるからだよ」 「神童も何とかで才子、大人になったらただの人、ってヤツっすか?」 「まあ、そうだな」  自分で言っておきながら、金色は1つ拭いきれない大きな違和感を抱いた。おかしい。何かがおかしい。黒色と自分のこの会話には、どうしようもなく大きな矛盾が(はら)んでいるのではないか。  しかし違和感の正体までは掴みきれずに思わず黙り込む。しかし、黒色の方は、金色が違和感を抱いている事も、その正体も見通しているらしい。 「お前が疑問に思う通り、それはおかしいんだよ」  言葉を紡いだ。  髪を弄ぶ手は何時の間にか止まっている。 「この国が保護してるのは、あくまで“少年”の天才だけ。でも少年はいずれ大人になる。大人になれば、天才と呼べる頭脳を持っていても、“天才少年”とは呼べない。生き物の宿命として成長は避けられないと言っても、結果だけを見れば天才少年は失われ、保護は失敗した事になるよな? でもこの国が保護に失敗した話、眉唾物の噂程度でも聞いた事があるか?」  黒色の言葉で違和感の正体に気付き、ハッとする。  知らず考え込んで俯きがちになっていた顔を跳ね上げた。  そうだ。黒色の言う通り、天才少年を「天才」の「少年」といった形のまま保護する事は、不老不死の薬でも存在しない限り不可能だろう。  この国には天才少年と呼ばれる人間が、他国と比べれば圧倒的に多い。加えて目の前の黒色がそうした中でも圧倒的な知識を持つ事は、国民であれば誰しもが知っていた。しかし、そうした彼をもってしても、未だ不老不死の秘薬が完成されたという話は、僅かにも聞こえてこない。  無論、生き物の理を破壊するような薬だ。既に完成されているがお偉方によって隠匿(いんとく)されている可能性も否定できない。しかし、その薬を完成させる事が出来る人間など、いくら天才が他より多い国だからといって、黒色以外にはいない。これは幼馴染による贔屓目ではなく、ただの事実だ。そして彼はお偉方さえ黙らせる事が出来る。もしもそんな秘薬を完成させれいれば、自分にだけは教えてくれるだろう。今迄がそうであったように。  同じ理由からお偉方が必死で隠匿こそしているが、既に保護は何度も失敗しているという可能性もない。  つまりこの国が天才少年の保護活動を始めて以来、資料によれば何十年も経つというのに、1度たりとも天才少年は失われていない。何十年と経つというのに、少年が少年のまま、成長していないというのだ。  こんなおかしな話があるだろうか。金色は思わず眉を顰め、首を傾げる。 「それ、おかしくないっすか? 生き物は成長する。でも天才少年だけがずっと子供のまま、なんて」 「それこそがさっきの“止めとけ”の理由。オレに恋情にせよ友愛にせよ、好意を寄せれば遺るは悔恨だけ、っていうな」  小さく息を漏らして、黒色は肩を竦めた。先程までは淡々と話していた物の、再度目線を巡らせる。髪を弄ぶ指先の動きも再開されていた。同時に金色の胸中にとてつもない不安が広がっていく。  ……聞きたくない。その気持ちはある。それでも知りたい気持ちの方が勝った。  黒色の不安が誰かの手で解消できるものなら、その誰かは、自分が良い。その気持ちに何時だって嘘はないのだから。  自分の双眸はその内心を余程雄弁に語っていたらしい。何度目かの溜息の後、黒色は毛先を弄んでいた手をゆっくりと下ろしながら息を吐き出す。目線は一瞬だけ泳いで、けれど金色に定めた直後に、 「この国は天才少年が一定年齢を越えると、ソイツのコピーを作るんだよ。精巧なアンドロイドなのかクローンなのか、詳細までは分からない。ただ、少年を脱却しつつある不要な原本を廃棄して、新たに生まれた天才少年(コピー)を保護する。そんなサイクルをずっと続けてきた。もしかしたらそのシステムを作り出したのこそ、最古のオレかもしれねぇな」  言った。  金色に言葉を挟ませまいという意思か、言葉を止めれば続きを紡げなくなるからか、金色の言葉は待たずに黒色は言葉を続ける。  淡々と。それでいてどこか寂しそうに聞こえる声で。 「だからオレは遥か昔に存在していた“オレ”のコピーに過ぎない。オレももう、少年とは呼び難い年齢になっている。近い内にまた新しい“オレ”が作り出されて、コピーを終えた原本は完全に不用品になる。不用品の末路は、オレにも分からない。それにコピーされた天才少年はな、容姿、性格、言動こそそのままだけど、対人関係の記憶を一切引き継がねぇんだ。だからオレはお前と成長出来ない。重ねた時間はリセットされて、新しく生まれたオレは親友で幼馴染のお前にこう言うんだよ。“初めまして。あなたは誰ですか?”」  黒色と同じ顔。同じ声。同じ性格。きっと趣味嗜好も同じなのだろう。けれどその黒色には一緒に過ごした記憶がない。自分を特別と定めてくれた記憶はない。  確かにそれは多少寂しい事だろう。けれど、だから何だと言うのだ。 「アンタに好意を抱いて、縦しんばアンタが受け取ってくれても直ぐに無意味になる。だから後悔しか残らない、止めとけって? だとしたらアンタ、オレの事読み違えてるっすよ。何年幼馴染やってると思ってるんすか? 何年親友やってると思ってるんすか? オレはアンタがコピーでもなんでも、“アンタ”の親友だし、“アンタ”が居なくなったら、そんな事、後から考えるっすよ! 今はこうしてアンタと一緒に居たいだけっす」 「……お前、本当馬鹿だな」  黒色が驚きに目を見開いていたのは一瞬で、ぷっと小さく吹き出してから、楽しそうに笑った。今なら、きっと恋情にせよ友愛にせよ、好意を受け取ってくれるだろう。  金色は微笑んで、同じ言葉を告げた。 「好きっす!」 「ああ、オレもだよ」 「モデルFriend 11号機の接触、確認出来ました」 「今回もやはりモデルFriend.は同種に接触し、前機と同様の回答をするな。記録の引継ぎはモデルGeniusのみだが、やはり何らかの関連性はあるのかもしれん」 「原因はどうあれ、Gen.のメンタルケアという点に()いて優秀である事に違いはありません。詳細について解明する為のデータも必要ですし、11号機の破棄及び12号機の起動は通例と変わらずGen.とFri.セットで行いましょう」  白衣を纏う数人の大人が熱心な視線を送り、手元のタブレット端末と見比べるのは研究室の壁。  モニターに映し出されているのは、楽しそうにじゃれ合う金髪と黒髪の少年の姿だった。
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