第2話 八犬士、十二年の時を経て里美の元に結集するの巻

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第2話 八犬士、十二年の時を経て里美の元に結集するの巻

 剣崎里美、十七歳。  木更津の公立高校に通う、ごく普通の高校二年生。  里美はごく普通の成績で小学校を卒業し、ごく普通の成績で中学校を卒業し、ごく普通の偏差値の高校に入学し、学校での成績もごく普通だった。  ごく普通の女子高校生のようにイケメン芸能人に憧れて黄色い声を上げ、ごく普通に同じクラスの男子が気になり、時にはごく普通に失恋し、時にはごく普通にちょっといい感じにはなったけど、一度も付き合うまでには至らなかった。  そんなごく普通の里美の人生に、少しだけ普通じゃないことが起こったのは、十一月一日、里美の十七歳の誕生日のことだ。  その日は土曜日で、お母さんは里美のために誕生日ケーキを買ってきてくれた。里美はもういちいち誕生日なんかでは喜ばない歳だけど、ケーキを食べられるのは少しうれしい。  ただ、お母さんはその日、朝から何となく浮かない顔をしていた。  そういえば去年も一昨年も、お母さんは里美の誕生日が近くなると、何となくため息が増えて、物思いにふけっていることが多かった。そして最近、夜中になるとお父さんと二人でずっと何やら相談をしている話し声を、里美は自分の部屋から耳にしていた。  十七歳にもなると、誕生日とは言っても特に何もあるわけでもない。気の利いた友達が一人、プレゼントだといってクッキーを焼いてくれたけど、彼氏がいるわけでもない里美の誕生日には、友達から携帯に「誕生日おめでとう」という義理メッセージがいくつか来るだけで、あとは夜に一家でケーキを食べるだけだ。  何もなく誕生日の十一月一日は過ぎて、夕食の時間になった。お母さんはそれなりにごちそうを作ってくれて、お父さんと三人、つつましくお祝いをする。  するとその時、玄関のチャイムが鳴った。  お母さんはその音にビクッと反応し、サァッと真っ青な顔になった。お父さんはそれを見ると、何やら決意を固めたような険しい顔で、まっすぐお母さんの目を見て無言でうなずいた。お父さんのその力強い表情を見て、お母さんは少しだけ勇気が出たみたいで、怯えたような表情のまま頷いて、玄関の方に出て行った。  その様子を、里美は不思議そうにずっと眺めていた。  玄関の方から、がやがやと人の声が聞こえてくる。  何だか揉めているみたいだ。聞こえてくるのはお母さんの声と、男の人の声が何人か。それも二、三人じゃない。少なくとも七、八人はいそうな感じの雰囲気だ。  里美は「玄関のお客さん、誰かな?」とお父さんに聞こうとしたが、ぐっと唇を噛んで下を向いているお父さんの尋常じゃない厳しい表情に、思わずその言葉を飲み込んだ。  しばらくの重苦しい沈黙の後、玄関の方からどやどやと、いくつもの足音と男性の話す声が家の中に入ってくるのが聞こえてきた。ドアが開いた。 「……里美。今日はあなたにちょっと話があるの」  お母さんが、ドアを開けながら里美にそう言った。「何なの深刻そうな顔して?ひょっとしてドラマでよくあるみたいな、『私は実はあなたの娘じゃなかったのよ』とか、そんな感じのやつ?」と里美は茶化して明るく言おうと思ったが、空気があまりに重過ぎて、とてもそんなことを言える雰囲気ではない。里美は「なあにお母さん?」とだけ答えた。 「あなたに紹介するわ。八犬士のみなさんよ」  そう言うと、お母さんは自分の後ろに見え隠れしていた男の人たちをリビングの中に通した。どやどやと入ってきた男たちは全部で八人いる。年齢は里美と同年代か、少し年上くらいだろうか。 八人とも、どことなく凛々しい感じの、どちらかと言えば美男子と呼んでいい部類の男性なのだが、服装のセンスのせいなのか身だしなみのせいなのか、なんだかその顔の美男子ぶりが逆に奇妙に思えるほど、全体的にどこか残念な感じが漂っていた。 「八犬士?」 「そう。八犬士。妖犬八房の呪いを浄化した伏姫の誇り高い魂を受け継ぎ、里見家が危機に陥った時に、どこからともなく現れて里見家を救う八人の勇者、それが八犬士」 「何それ?それがこの人たちと何が関係あるの?」 「『南総里見八犬伝』って小説、名前くらい聞いたことないかしら?」  その本の名前だけなら里美も知っている。お母さんが大好きな江戸時代の小説だ。  里美は小さい頃からお母さんに、この本を読め読めと何度も言われてきたのだが、やたらと長くて難しそうなので一度も開いたことはない。  でも、それがこの目の前の冴えない八人の男たちと何の関係があるのか。 「お母さんの結婚前の苗字って里見でしょ。あの里見って、戦国時代の大名の里見家のことなのよ。で、その『南総里見八犬伝』という小説に出てくる里見家でもある」  お母さんの実家がずっと昔には由緒ある大名だったという話は、里美もよく知っている。今ではただの平凡な公務員一家だけど。  で、結婚で里見の苗字を捨てなければならなかったお母さんが、残念がって仕方なく娘の私に里美と名付けたという話も、小さい頃から何度も聞かされていた。 「じゃぁその『南総里見八犬伝』ってどういう話かというと、要するに、八人の勇者が大活躍して里見家を悪者の手から救う話なのよ。 里見家のお姫様が残した、伝説の水晶の数珠っていうのがあるんだけど、その数珠の中には大きな玉が八つ入ってて、そこには一つの玉につき漢字が一文字ずつ書かれていた。  それで、色々あってそのお姫様は死んじゃうんだけど、その時に、その八つの水晶玉はバラバラに飛び散って、八人の伝説の勇者の元にたどり着くの。玉を手にした勇者たちは、運命に導かれるように集まり、そして力を合わせて悪を倒す。」 へえ、なんだか王道のロールプレイングゲームみたいな話ね、と里美は思った。 「それで、ここからが大事な話なんだけど、実はその話、作り話ではなく本当のことなの。全部が実話」  何それ?お母さん頭大丈夫?と里美は明るい声でツッコミを入れようとしたが、深刻そのもののお母さんとお父さんの顔と、部屋の隅にずらっと並んだ八人の冴えない男たちの、お葬式みたいな神妙な表情を見ていると、とてもそんなことを言えそうにない。 「それで、八つの玉を持つ八人の勇士、八犬士の活躍で最終的に里見家は無事悪者の手から救われて平和が訪れるんだけど、小説のラストで彼らは仙人になって天に昇り、彼らが持っていた八つの玉も神通力を失って普通の水晶の数珠の姿になったのね。  でも、遠い将来にまた里見家の危機が訪れれば、その水晶玉には再び八つの文字が浮かび上がり、そしてその玉に呼び起こされた八犬士もこの世に甦る……」  ふーん、としか里美には答えようがなかった。だから、それと私が何の関係があるのよ。  すると、お母さんが重々しく口を開いた。 「ねえ里美。あなたが五歳の頃、お母さんのネックレスにあなたがマジックで自分の名前を書いたの、覚えてる?」 ………。 …………。 ……………‼  その時、里美の中でずっと忘れ去っていたその記憶が、閃光のように蘇ってきた。  書いた!私書いた!すっかり忘れてたけど昔、お母さんの大事にしてた水晶のネックレスに私マジックで自分の名前を書いたんだ!「つるぎさき さとみ」って‼  と、その瞬間、里美はこの場を包む重苦しい雰囲気の理由にようやく気がついた。 「え……?まさか……?」 「そのまさかよ、里美」 「うそ……」 「あなたがネックレスに名前を書いた後、ネックレスが光って飛び散ったの、覚えてない?」 「あ………」 「まさか、マジックで字を書くだけで甦っちゃうとはね……」  お母さんとお父さんと、でくの坊みたいに部屋の隅に突っ立ってる八人の冴えない男たちが、一斉にハァーと深い深いため息をついた。
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