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第4話 八犬士、身の振り方について喧喧囂囂と議論するの巻
「まぁ、とにかく。あなたたち八人が里見家を守るという宿命を背負った存在で、それで不思議な運命に導かれて、こうして今、ここに八人が集まったというのは理解したわ」
そう言って里美は一旦話を区切ることにした。
十七歳の誕生日の夜に、突然現れた八人の残念な冴えないイケメン。いきなり脳内に直接キャンキャンと語りかけてきた飼い犬のウェリッシュコーギー。そして、それら不思議な出来事の全てが、自分が五歳の時にやったイタズラ書きが原因だという理不尽な宣告。
この一時間ばかりの間に、理解不能な出来事が次々と起こりすぎて、脳みそが追い付かない。まずは、少しでも理解できる部分から区切って、順番に状況を整理して受け入れていかないと気が狂いそうだ。
「運命に導かれたというか、このうるさいバカ犬の声を何とかしたかっただけだけどな」
里美の言葉を、どことなくパシリっぽい小物感が漂う男がボソッと訂正した。その言い方に少しカチンと来たが、里美は無視して続けた。
「それは理解したけど……それであなたたち、集まって、何するの?」
そう言った瞬間、八人の冴えない犬士たちが一斉にやいのやいのと騒ぎ始めた。
「いや、それ俺が聞きたいですって!」
「あの犬の飼い主なのに知らないんですか。無責任すぎますよそれ!」
「ちょっとぉ~!集まって何するかはあなたが決めることじゃないの?」
「マジで⁉こいつマジで⁉」
その様子はまさに、バラエティー番組に出てくる、チームワークの取れたひな壇芸人という例えがぴったりだった。でっぷりと太った暑苦しい男が苦情を言った。
「いや、俺たちだって、何も知らされてないんですよ、あなたの飼い犬から。
だいたい俺、里見八犬伝がらみの詳しい話、いまここで初めて聞いて『へぇ~そうなんだ~』って思ったくらいなんだから」
それを聞いて「え?」とお母さんが少しだけ悲しそうな顔をした。何しろ娘に里美と名付けるだけあって、お母さんの八犬伝愛はかなりのものだ。それなのに、その蘇ったヒーローである八犬士が自らそんな無自覚なことを言い出したら、確かに悲しいだろう。
「あんたの犬が教えてくれたのは、今ちょうど頭の中に響いてるだろうから分かると思うけど、『里美を守れ』と『一緒に暮らせ』だけなんだ基本。
あとはごく稀に、どこそこに行って何を見ろとか、他の仲間のLINEのIDとかのヒントが出る事があって。……で、俺たちはその貴重なヒントの断片をなんとか少しずつつなぎ合わせて、それでやっと、こうして八人揃ってあんたの元にたどり着いた」
「LINEのID教えてくれるんだ、ヤツフサ……」
「そうなんだよ。そんな、まさかこんなバカ犬がLINEのIDを教えてくれるなんて思いもしないだろ? だから最初、変なアルファベットの羅列を犬がしゃべってんなー、くらいの感じでみんなスルーしてたんだ。でも、一人がこれはIDだってことに気づいてからは早かった」
……八犬伝って、本当に江戸時代の話なの?
「まぁ、とにかくこうやって犬の指示通りにこの家に着いたから、俺たちはしばらくこの家に住まわせてもらうよ」
「え?ちょっと待って?一緒に暮らすの?……なんで赤の他人の男八人と?」
反射的に露骨に嫌そうな顔をした里美に対して、ボンクラな男たちが再び一斉にガヤガヤと騒ぎ出した。
「いやいやいや!俺たちだって好きでやってるわけじゃないってば!」
「ちょっとぉ~。じゃぁあなたが何とかしてよこのバカ犬の鳴き声!」
「迷惑を被ってるのは、むしろ俺たちの方だからね?」
「あんたから犬に聞いてくれよ!なんで一緒に暮らさなきゃなんないの?俺が知りたい」
あーもううるさい。さっきからひな壇芸人みたいにもう!
里美は怒鳴りつけてやろうかと思ったが、それをお父さんが手で制した。そして冷静な口調で大人の意見を言ってくれた。
「事情はともかく、まずはうちの犬が皆さんにご迷惑をお掛けしたみたいで申し訳ない。その点は謝るが、そうは言っても、一緒に暮らすったって、うちの狭い家で八人も受け入れるのは絶対無理だし……。そもそもみんな、見た感じ全員未成年だよね?
だとしたら、まずは親御さんにご連絡してご了解を頂かないと、うちとしては受け入れられないですよ」
ありがとうお父さん!普段はほとんど頼りがいを感じないけど、やっぱり大人ってスゴい!カッコいい!と里美はお父さんのことを少しだけ見直した。
しかし八人の男たちは、その質問が来ることは最初から想定していて、万全の準備をして待ち構えていましたとばかりにニヤリと不敵に笑って言った。
「その点は心配ないです。みんな親の了解取ってからここに来てますから。
そもそも俺ら八人、全員もう家を出て一人暮らししてるんで、親にしてみたらこんなの『あぁ、また引っ越すの?』くらいの感覚でしかないんですよ」
お父さんは驚いた顔をした。
「え⁉でも学校は?みんな高校何年生なの?」
すると、眉毛が無駄に力強い短気そうな男が八人を代表して答えた。
「全員中退してる。それでフリーターやってるよみんな。歳もみんな同じで十八ね。あ、でもこの中で常雄さんだけは少し年上か」
常雄と呼ばれた老け顔の男が頷いて、俺だけちょっと事情が違うからな、と言った。
「まあそれはいいや。――てなわけで、新しいバイトはまたこの近所で探すから心配ないし、親の了解も取れてるから、とにかくここに住まわせてくれよ。もう犬の鳴き声はもうウンザリなんだ」
「いやそんな、部屋ないし……」
「入ってくる時に見たけど、この家、裏にけっこう広い畑あるでしょ。俺ら、四人分はテント持ってきたし、乗ってきたライトバンで二人寝られるから、家に二人泊めてくれさえすればいいんだ。あとは畑の隅っこの土地を少しだけ貸してくれたら、俺らそこで勝手に野宿するから」
「ちょっと、勝手に決めないでよそんなの」
「そう言われても、一緒に暮らせってお宅んとこのバカ犬から言われてるんだぜ。じゃぁそれ、飼い主のアンタらから犬に言って聞かせてくれよ」
そんな押し問答が何度か続いた末に、その場で一番の年長者であるお父さんが、とうとう若干怒り気味に声を荒らげて、八人の男たちに厳しく宣告した。
「とにかく!そんな急に押し掛けてきて今晩からいきなり住まわせろとか、そんな非常識なことは認められない。今日は帰りなさい。
犬の鳴き声に関しては、君たちが苦しんでいるのは分かったから、明日から医者でも何でも行って、鳴き声が消えるまで一緒に治療を頑張ろう。それは私も責任を持って対応する。ただ、うちに寝泊まりするのは絶対ダメだ。いいね。これ以上無理に言うと警察を呼ぶからね」
お父さんがぴしゃりとそう言い放つと、八人の男たちはムッとした目でこちらを睨んだ。そして短気そうな眉毛の力強い男が、全員を代表して口を開いた。
「なんだよそれ。アンタらまだ、この犬の声を一晩中ぶっ通しで聞いてないから、俺たちの気持ちが分かんないんだよ。
いいぜ、だったら出てってやるよ。でも、この犬の声、俺たち八人がバラバラにこの家から離れた瞬間からずっと止まないからな。寝ている間もずっとだぞ。
ラッキーなことに、アンタらもこの犬の声を受信するようになったみたいだからな。この地獄の苦しみ、自分で味わってみたらいい」
そして男は不敵にニヤリと笑うと、懐から手帳を出してサラサラと何かを書くと、切り取ってテーブルの上に置いた。
「ここに俺の携帯番号のメモを置いておくから、明日の朝、俺たちにこの家に住んでほしいという気になったら電話してくれ。俺たちは心が広いから、今日こうやって出て行けと言われたことは忘れてやる。こっちも犬の声を止めたくて必死だしな。
じゃあな!せいぜい一晩頑張れよ!」
そう言い捨てると、八人の残念な犬士たちは「あーあ。せっかく犬の声止んだと思って喜んでたのにな」「まぁ明日の朝には泣きついてくるさ、ヒヒヒ」「今夜もあの鳴き声か……嫌だなぁ」などと、わざと聞こえるような大声で口々にぼやきながらドヤドヤと外に出て行った。実に失礼で不愉快な男たちだった。
男たちが去っていった後、すっかり白けてしまった里美の誕生日会を無言で再開した里美たちだったが、もくもくと誕生日ケーキを食べながら、お父さんとお母さんと里美の三人は、虚ろな目でただケーキと皿だけを眺めていた。
「……」
「……」
「……」
ケーキを食べ終わると三人は無言で立ち上がり、一言も発しないのに申し合わせたかのように、深刻な顔で隣の飼い犬部屋に向かった。
飼い犬部屋では、小型犬用のベットに横になったヤツフサが、だらしなく舌を出して幸せそうな顔で眠っていた。さっきまで八人の男たちに囲まれてセコい嫌がらせをされて、ヤツフサも疲れているのだろう。
三人はスピー、スピーと間抜けな寝息を立てているヤツフサを、しばらく無言のままものすごい形相で睨みつけていたが、まずお父さんがその無防備な脇腹をムニッと掴んで低い声で名前を呼んだ。
「ヤツフサ、起きなさい」
次にお母さんが鼻と口をギュッと片手で掴んで言った。
「ヤツフサ、呑気に寝てんじゃないわよ」
最後に里美がくるんと巻いた尻尾を伸ばしながら言った。
「ヤツフサ。あんたこの鳴き声、何とかしなさいよ」
そこでヤツフサはガバッと跳ね起きて、なんだなんだ?といった驚きの表情をした。しかし飼い主一家の三人は、凍り付いたようにぴくりとも表情を動かさない。
「ヤツフサ。おまえホントいい加減にしろ」
「もう、うるさいヤツフサ。ちょっとあんた、鳴き止まなかったら本気で怒るよ」
「ヤツフサ。私もう限界!鳴き止みなさい!」
ヤツフサは何が起こったのかよく分からず、うろたえてジタバタしたが、人間三人に押さえつけられてはその短足では何もできない。ただキャンキャンと悲しそうに声を上げた。
「泣きたいのはこっちだよもうヤツフサ……気が狂いそうだ」
「でもこの様子だと、なんだかヤツフサ自身も事情が分かってないっぽいね」
「そうみたいだね。めっちゃ戸惑ってるわヤツフサ。これ、ヤツフサ自身でも止められないっぽいな、この鳴き声……」
「じゃぁどうすんの、これ……?」
その時三人の頭に、八犬士を代表して話した短気そうな男のドヤ顔と、ふてぶてしい物言いが浮かび上がった。
――俺たちは心が広いから、今日こうやって出て行けと言われたことは忘れてやる。こっちも犬の声を止めたくて必死だしな。じゃあな!せいぜい一晩頑張れよ!――
その顔を思い出すと、奴らの思うつぼになるのは癪で仕方がないのだが、でもこの途切れることの無いヤツフサの甲高い鳴き声に、果たして私たちは一晩耐えられるだろうか。
「とにかく、今日は寝よう」
不機嫌そうにお父さんがぼそりと言った。
――そして翌朝。ゆっくり寝ていられる日曜だというのに、目の下に真っ青な隈を作った里美とお父さんとお母さんは、台所で顔を合わすなり、声を揃えて迷いなく言った。
「昨日の携帯番号に、電話するしかない」
お父さんが苦々しい口調で電話口に「ああ。そうだ。一緒に住んでくれ」「昨日はすまなかった」などとボソリボソリと言っているのを、里美とお母さんは疲れ切った表情で眺めていた。電話の通話口から、なんだか腹の立つ勝ち誇った笑い声のようなものがギャハハと聞こえてくる。
こうして、誰も望んでいない里美と八犬士たちの共同生活が始まった。
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