第9話 里美、犬士の装束を調えるべく悪戦苦闘するの巻

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第9話 里美、犬士の装束を調えるべく悪戦苦闘するの巻

 里美はずっと考えていた。一体どうすれば、あのむさ苦しい八人の男たちをもう少しマシにできるのだろうか。 「土台は、そこまで悪くはないと思うのよね……」  里美がイタズラ書きした水晶玉の呪いなのか、八人の犬士たちはとても里見家を救う伝説の勇士とは思えないほど全員パッとしない。その残念さを里美はうまく言葉に出来なかったが、一言で言うとなんとなく「おしい」のだ。  犬士たちを部分部分で見ると、実はそこまで残念な感じはしない。むしろ、かろうじてイケメンといえなくない部類に入る男たちである。でも、全員どこかしらバランスが欠けていて、そのせいで全体の印象がひどく悪く見えるのだ。  それと、犬士たちはみな態度が悪い。考え方がケチ臭い。意地が汚い。横着で自己中心的。それで、そういう内面のいやしさが、何となく見た目にも表れている感じがする。 「何なのよそれ。態度が悪い、考え方がケチ臭い、意地が汚い、横着で自己中心的って。それって、ただの最低男じゃないの。まったく何なのよあいつら」  なんで私、わざわざあんな最低な奴らのために、ああでもないこうでもないと良くする方法を考えてやってるんだろう、と里美は自分自身にイラついた。  そして、それは自分が水晶玉に落書きをしてしまったという負い目から来ているのだということにして、理由についてそれ以上深く考えるのは止めることにした。  崎山 貴一は、話す時にもう少し短気でカッカとなるのを抑えて、自分の言いたい事だけ一方的にまくし立てる癖をやめればいいのにな。あいつ全員をグイグイ引っ張ってくとこあるし、そうすればすごい頼れるリーダーになりそうなんだけど。  川崎 瑠偉ねぇ……。すぐ人の意見の言いなりになるパシリみたいな根性を改めて、人の陰口を言うのをやめれば、アイツ結構気が利くし人懐っこいとこあるから、いろんな人に好かれそうなのに。ホントもったいない。  村崎 義一郎か。あいつ陰気で影が薄いけど、もう少しシャキッとして猫背をやめて、ハキハキした声で話すようにすればいいのよ。礼儀正しいし、時々けっこういい事言うんだから、もっと存在感出てもよさそうなもんだけど。色々損してるわ、あの姿勢の悪さで。  塚崎 朋也は、とにかくあの脂肌よね。もう少し洗顔をしっかりやって肌ケアに気を遣えばいいのに。地顔は爽やかな草食系イケメンなんだし、ホントもったいない。あとは性格がちょっと皮肉っぽいところさえ直せば、絶対モテる素質あるわよあいつ。  皆崎 定春……。あいつ根がめっちゃ真面目なくせに、なんか無理して斜に構えんのよね。ワルぶって変に憎まれ口叩いてるとこが寒い。あいつが気味悪くヒヒヒって笑うの、あれ、わざとやってんのよ。そういうのやめて、普通に真面目なままでいればいいのに。  田崎 満はね、まぁ太ってんのは体質だからある程度は仕方ないとして、八人の中でも特に身だしなみが汚ならしいのがダメ。自分はデブだから何しても無駄だって勝手に思ってる。全然そんなことないのに。デブ自体じゃなくて、デブを言い訳にして色々なことを諦めてるのがダメよね。まったくもう。  坂崎 聡。最初はちょっと不自然に女っぽくて違和感あったけど、お母さんに性別の悩みを当てられて、無理して男っぽくふるまうのをやめてから、だいぶ良くなったわね。あいつが今のところ八人の中では一番まともかしら。  江崎 常雄か……オッサンくさすぎる!あれで本当に二十二歳?何かっていうとすぐに自分はもう年だ、もう無理だ、って言っちゃう癖がいけないのよアイツの場合。そのせいで実年齢より老け込んじゃってるんじゃないかしら。若さにコンプレックス抱きすぎ。  なんだかんだ言いながら、一人ひとりのダメな点を挙げては、こう直せばずっと良くなるのにもったいない、なんであいつら素質あるのに努力しないのかしら、とさっきから延々と真剣に考え続けている自分自身に里美は気付いていない。  ひとしきり犬士たちのダメダメな点を分析し終えた後、里美はまずどこから改善に着手すべきだろうかと、改めて八人の姿を思い浮かべてみた。 「やっぱりアレね。スウェット。あのだらしないスウェットがいけないんだわ」  最初に八犬士が剣崎家に突然押しかけてきたとき、まず真っ先に里美の頭の中によぎったのは、「なんで全員、部屋着で外出してんの?」という疑問だった。犬士たちはみな、どこか着古してダルダルになった、ねずみ色や紺色のスウェットの上下を着ていた。  実はそれは、彼らにとっては立派な外出着だったのだが、里美の目には、面倒なので深夜にパジャマを着たまま近所のコンビニに夜食を買いに来てしまった人のようにしか見えなかった。  それでも、その日はたまたま、着ている服が八人全員スウェットでかぶるという奇跡のような偶然が起こっただけかもしれない、と里美はできるだけ好意的に解釈した。  でもその後で一緒に暮らすようになってほどなく、彼らが持っている服はほぼ全部が、伸びきって毛玉だらけのスウェットであり、むしろスウェットで揃わない日のほうが珍しいということが分かり、里美はクラクラと目まいがする思いだった。  とにかくあの、着古したパジャマみたいな、だらしないスウェットを何とかしなければ!  里美は、八犬士が集まってテーブルを囲んでなにか熱心に議論しているところに近寄っていって、「ねえあんた達、今度の週末、みんなで富津のショッピングモールまで行かない?」と声を掛けた。  「あ?何しに行くんだよ?」と川崎 瑠偉が面倒くさそうに答える。 「服を買いに。あんたたちの服ダサすぎなのよ。スウェットじゃない服も何枚か買ったらどうなの?」 「いいじゃねえか、別に俺たちが何を着たってよ」 「良くないわよ。こっちが迷惑なの。剣崎さんの家に、ねずみ色のスウェット着た汚らしい男たちが毎日たむろしてて怪しいって、だんだん変な噂になってきてるんだから」  別に服がスウェットであってもなくても、多数の若い男たちが長期間野宿をしているという時点で十分怪しいのだが、里美は敢えてそこには触れない。 「なんだよ。スウェット馬鹿にすんのかお前」 「いや、別に馬鹿にはしてないわよ。ただもう少しましな服をね……」 「やっぱ馬鹿にしてんじゃねえか。スウェットに謝れお前。失礼だ」  どうしてこの男はそこまでして必死にスウェットの肩を持つのか。里美はうんざりした。 「そんな誰も見ちゃいねえって。だいたい俺たち、ただでさえ金ねえのに、これから野宿の道具をもっと揃えなきゃいけないからさ、そんな無駄な金使ってる余裕ないの!」  里美は犬士達が囲んでいるテーブルの上を見た。先日と同様、テーブルの上にはメモ書きされた紙が置かれて、そこには野宿生活を快適にするために必要なアイテムが書き出されている。  彼らはいつもそうやって集まって相談をしていて、先週はお金を出し合って屋外用の電工ドラムを買ってきた。それで剣崎家のコンセントから彼らのテントのそばまで電気を引き、これでもう、携帯の充電のためにわざわざ剣崎家まで行ってコンセントを借りなくてもいい、凄い!便利だ!とケラケラ笑いながら皆で大喜びしていた。  電気代は相談して決めた額を食費といっしょに犬士達から徴収しているから、剣崎家としてはコンセントを貸すことで損をしているわけではない。  でも、こうやって着々と剣崎家の外に快適に居着く準備をされてしまうと、いずれ我が家が八人に乗っ取られてしまうのではないかという根拠の無い想像が浮かんできて、あまり気分のよいものではない。  剣崎家のメンバーは中年男一人に女二人。それに対して犬士は十代後半から二十代前半の男八人だ。もし八犬士が力ずくで何かをしようと思ったら、腕力では絶対にかなわない。  ただ、これは嬉しいことなのか悲しいことなのかは分からないが、八人の犬士たちは揃いも揃って器が小さく、日々のくだらない出来事に全力で一喜一憂しながら暮らしているので、とてもそんな悪だくみを思いつくような知恵はなさそうだ。  そんな今も、伸びきったねずみ色のだらしないスウェットに身を包んで、八犬士達はワイワイと楽しそうに共用のテレビとゲーム機を買う相談をしている。  ――いや、テレビとゲーム機なんかよりも服でしょ?あんたらの優先度、一体どうなってるの?と里美は内心苛立ちつつ、彼らを焚きつけるために昨晩思いついた、とっておきのセリフを言った。 「――あんたたち、カッコいいのにもったいない」  里美が独り言のようにつぶやいたその言葉に、熱心にわいわい議論していた八人の動きがピタッと止まった。  このセリフはひょっとしたら効くかもしれないとは思っていた里美だったが、あまりにも効果てきめん過ぎたので逆に気味が悪くなってきた。  田崎 満がつぶやいた。「……カッコいい?」 「……うん。まぁ、カッコいいというか……土台は言うほど悪くない」  村崎 義一郎が尋ねた。「具体的にどんなとこが?」 「……それは八人それぞれ違うけど、言うほど悪くないと思うよ、土台は」  川崎 瑠偉が確認した。「里美、お前本気でそう思ってる?」 「……まぁ、土台は悪くないよね。そう思ってるのはホント嘘じゃないよ」  江崎 常雄がため息をついた。「今まで女性にそんな言われたの、一度もないから……」 「……あくまで、土台は悪くないという意味だからね。勘違いしないでよ!」  坂崎 聡が聞いた。「私はどうなの?カッコいいというか、かわいい?」 「……まぁ、かわいいわよ。かわいいというか、土台は言うほど悪くない」  皆崎 定春が言った。「俺はカッコいいのか。そうなんだ。そうなのか……」 「ゴメン、土台ね。土台が悪くないという意味での『カッコいい』ね。聞いてる?」  崎山 貴一が詰め寄った。「磨けば光ると思うか?俺たち!」 「……土台は悪くないからね。光るんじゃない?知らないけど」  塚崎 朋也が勘違いした。「……つまりお前は、俺たちのことが好きだってことか?」  里美はいいかげん我慢の限界だった。 「……それは違うッ!そうじゃない!アンタたちの土台は悪くない!土台は悪くないッ!いいもん持ってるアンタら!素晴らしい!磨けば光る!でも、私が言いたいのはそれ以上でもそれ以下でもない!土台は悪くない。それだけ!  ――だから。とにかく。そのスウェットを何とかするの!四の五の言わずショッピングモール行くわよ!服を買うの!いい?分かった?」  八犬士たちは幼い柴犬のような素直な表情で、無言でコクコクとうなずいた。
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