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その後も数日間は、ほとんど口も利かず、一緒に食事をする時も犀は一切、忠雄に話しかける事はしなかった。
そんな状況を、さすがに見兼ねたのは喜久だ。
『まぁまぁ‥‥犀さん‥‥いい加減、忠雄を無視するのはヤメてくれませんかねぇ。こちらも、何かと気まずくなりますしねぇ。忠雄はまだ自宅療養の身なんですから、優しくしてあげないと‥‥。』
気まずい視線を漂わせながらも、一向に無口には変わりなかった。
喜久は言う‥‥。
『きっと、犀さんは気恥ずかしいんですよ。お前が入院している時は、朝早くから、さっさと病院へ行って忠雄の面倒を見て来いと、うるさいくらいに家から追いやられたし‥‥。容体が急変して高熱が出たと聞けば、落ち着きもなく家の中でウロウロ歩き回って‥‥。生まれてこのかた動揺すら見せなかった犀さんが、あんな姿を見せたのは、初めてで‥‥。』
それを聞いて、忠雄の内心は少なからず嬉しかった。
何も言わないが、恐らく一番自分の事を心配してくれていたのは、犀だったのかもしれない。
いつもの生活に戻って、すでに一週間‥‥。
通っていた小学校も、事件自体が大きく取り沙汰された為、結局、犀も忠雄も席を置く事は出来ず‥‥。
報道機関には早急に手を回していたようで、組織の名も、事件の背後関係も多くは隠蔽された形にはなったようだが、今はただ騒ぎが収まり、世間の風向きが静かになる事だけを前提に自宅からは一歩も出られない状態には変わりなかった。
その代わりといっては何だが、忠雄の目の前にひたすら積まれたのは、国語、算数、社会など自宅学習の為の教科書や問題集だ。
大きなため息に埋もれながらも、一日一回やって来る家庭教師に、否応なく監禁‥‥本人的には、そんな受け取り方しか出来ないのだろう‥‥の毎日を過ごすハメとなっていた。
『ああ‥‥やっぱりダメだ。わかんねぇ‥‥。』
一人、山積みの宿題を前に、テーブルへとふて寝の忠雄。
そんな様子を、遠目で見かねていた犀が腰を上げた。
『おい、野良犬!』
突然の声に、顔を上げる。
すぐ側で、山積みの教科書をペラペラとめくる犀の姿に、大いに驚いたのは忠雄の方だ。
『確かこの間、言ったよなぁ。お前の世界が見てみたいって‥‥。だったら、こんな問題くらい解けないと、僕の足元にも近づけやしないぞ。何がわからないのか、どうせ、それさえも分からないんだろうが‥‥。まっ、あの家庭教師も大した教え方してないようだし。どう見ても、お前には効率が悪すぎる。』
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