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本来ならば、海外の有名大学に通う近道もあっただろうに、なぜか組長はそれを望まなかったようだ。
今でも、インターネット回線により、指導を受けた某有名学者や教育者から、様々な経営学や法律学的な事を知識として学んでいるようだが‥‥。
普通の小学生の立場にある忠雄には、とても理解できない事である事実には違いない。
だが、たった一つ犀について分かった事がある。
日常生活には全く支障は無かったものの、時々、高熱を出しては、激しく呼吸困難に陥る事があった。
そんな状態に陥った時には、毎回、喜久が呼び出す専属の医師が車で駆けつけては、自宅で処置が行われていた。
いつもは、生意気で上から目線の犀が、真っ青な唇を震わせて繰り返す呼吸に苦痛の表情を浮かべている。
そんな様を、微かに開いていたベッドルームのドア越しに目にした時には、忠雄自身も思わず息苦しさに胸を掴まれる思いがしたものだ。
一体犀に何が起こっているのか、喜久に一度だけ聞いた事がある。
実は、その時の言葉が今でもくっきりと脳裏に焼きついていた。
『犀さんは、生まれつき心臓が悪くてね‥‥。今の最新医術でも治療の仕様がないと言われていて、このまま一体何歳まで生きられるのか‥‥。生まれてからずっと、まるっきり世間とは断絶されて来た中で、忠雄‥‥‥お前が、この家にやって来たんだ。』
普通に学校に通う事など全く必要無い程に知能は高い。
それでも、たった独りの世界で生きて来た犀に、少しでも心を通わす友達を作ってやりたくて、学校に通わすよう組長に進言したのは、この喜久だったのだ。
ただし、あんな性格だ。
唯一心を通わす事が出来たのは、結局、忠雄だけだったようだが‥‥。
『あの子が見ている先には、大人の欲望にまみれた冷たい世界しかない。だけど、お前はあの子のそんな世界観を肌で感じ、一瞬でも垣間見たんだろう?だから、その背中に傷を負った。私はねぇ‥‥あの子に、冷たい世界のまま一生を終わって欲しくは無いんだ。せめて、人として温かい世界に触れて欲しくて、お前に望みを託した。』
初めて目にする喜久の悲しげな眼差しに、忠雄は思わず唇を噛み締めた。
『ただし、犀さんの身体の事は、絶対に周りの人に言ってはいけないよ。そうでないと、きっと、あの子の命が脅かされる。これは、旦那さんと私だけが知っている秘密‥‥。この事を打ち明けたのは、お前を信じているからだ。犀さんを命懸けで、この先もずっとお前が守ってくれると信じているから‥‥。』
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