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孤独の褥【百人一首でBL一次創作】
ツイッターで企画された #百人一首でBL一次創作 に参加させていただいたSSです。
五十三番 右大将道綱母
「嘆きつつ ひとり寝る夜の明くる間は いかに久しきものとかは知る」
あなたがおいでにならないひとり寝の夜
その夜が明けるまでの時間がどれほど長く感じられるものか
きっとおわかりにはならないのでしょうね
* * * * *
枕もとに放りっぱなしの機体が震えている。
ぼんやりとした頭でそちらを見ようとしてもこんなに腫れぼったい瞼では対象を捉えることもできやしない。
重たい腕と頭を無理やり働かせてディスプレイを手繰り寄せれば着信を知らせる光が目を刺してくる。
部屋はまだ薄暗くて夜が明けるまでには時間がありそうだ。
『ごめん』
もういいよ。
『娘のけがはかすり傷だった』
よかったね。
『本当にごめん』
だからもういいってば。
『埋め合わせは必ずするから』
そんな必要ないよ。
『明日は逢える?』
無理。気持ち的に無理。
『怒ってるよね』
怒ってないよ。悲しいだけ。
心のなかだけで返事をして既読スルーを続ける。
ふたりの気持ちが通じ合い、肌を合わせるようになってから三年目の記念日だった。
去年もこの日にこの部屋をとって愛情を確かめ合った。
昨夜も変わらない気持ちをお互いに確かめ合うはずだったのに、あなたの鞄からしつこい着信音が漏れ聞こえた時嫌な予感しかしなかった。
しかたなくといった感じで電話に出たあなたはすぐに青ざめた顔であたふたと帰り支度を始め、
「娘がけがをしたらしい」
僕をこの部屋に一人置き去りにしていなくなってしまった。
残されたキングサイズのダブルベッドで僕は自分を慰めた。
あとからあとから湧いてくる涙をぬぐいもしないであなたの名前を呼びながら一人でイったんだ。
あなたがけがをして泣いている小さな娘さんや不安そうな奥さんに優しい言葉をかけ、大切に守ろうとしている姿を想像しながら。
再び携帯が震え、手に取ることもせずにそちらを見やれば今度は嫌というほどよく知った女性の名前が表示されている。
こんな時間に。
僕が誰とどこにいるのか突き止めようとしている。
臆病な僕たちはこの女性にもあなたの奥さんにもひどいことをしている。
わかっているのに。
それなのに。
僕たちは惹かれ合うのをどうすることもできない。
不意に部屋のドアが控えめにノックされた。
内側からロックが掛けてあるからキーを持っていてもはいれないんだ。
細く開けられたドアの隙間からあなたの声がする。
ほんの数時間前に聞いたはずなのに懐かしく感じるあなたの低い声に身も心も震えてしまう。
僕はふらふらと素足のままドアに向かって歩み出した。
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