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所変わって。
ここは遥か太古の日本。茨城県…否、常陸国は大櫛という名が付くよりも昔。
巨人、だいだらぼうは相変わらず海辺に手を伸ばしては貝を取って貪り、その殻をその辺に投げ捨てていた。
これが後に国内最古の貝塚である大串貝塚となる訳だが、そんなことを知る由もない村人達は困りに困り果てていた。
いつもなら心優しきだいだらぼうは、取った貝を村人達に分け与えていたのだが、ある日突然寄越さなくなり村人達は飢餓に苦しむ様になってしまったのだ。
原因は謎の異人が巨人に献上した、あの『びいる』という水のせいだった。だいだらぼうはあれがどうしても飲みたいあまり、貝を村人達に寄越す代わりにびいるを寄越せと要求しだしたのだ。
またいくら巨人とはいえ、一歩たりとも動かずに手で伸ばせる範囲には限界がある。日に日に貝は少なくなっていき、取り尽くしてしまった頃にはだいだらぼうは長年の怠惰から動く気力すら失われてしまい、ものぐさに砂をほじくる腑抜けになってしまった。
しびれを切らした村人は怠け者に見切りをつけ、自分達だけで食料を大量に確保できる物、つまり稲作を始めることを決意した。多くの者が鍬を手に取り、新たな時代が幕を開けたのだった。
そんな中。
汗水流してせっせと耕す村人達の頭の中には、あの巨人を狂わせた『びいる』のことで埋め尽くされていた。
あの異人が持ってきた、黄金色に輝き、シュワシュワと弾けながら芳醇な香りを撒き散らす、神の水。巨人が豪快に飲み干しては至福の表情を見せたあの水に、あの場にいた誰もがゴクリと湧き出る唾を飲んだ。あの巨人の顔を見るに、えにも言われぬ美味さなのだろう。
いつの日か。自分達にも『びいる』をこの手に…
その日が来るのを夢見て、村人達は今日も鍬を懸命に振り下ろすのだった。
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