8人の女 ~女子だけのクリスマスイブ~

5/6
42人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
* 「亜里沙、無事でよかったー」  ももが亜里沙に抱き着いている。ほかの皆もほっとしている様子だ。 「水差して悪いんだけどさ、亜里沙が倒れた原因が分かったよ」 「え、なんで!?」  亜里沙が目を見開いて未来を見た。 「私はただ具合が悪くなっただけなの。昨日から寝不足で、免疫が下がってたのかも。普段はこんなんじゃないんだけど……」  ほかの皆は未来の方をじっと見ている。  未来がそば粉のせいじゃないと言った場には、亜里沙だけがいなかった。だから種を撒いたのだ。  いまの発言ではっきりしてしまった。 「庇ってるんだよね? 犯人を」  未来が言う。みのりが続けた。 「亜里沙には言ってなかったんだけど、そば粉がキッチンにあったのは、みんなに亜里沙のそばアレルギーを意識させて、そのせいだと思わせるため。簡単に言えばフェイクだよ」 「そんな……」  亜里沙が絶句する。 「もういいよ、分かってるから。亜里沙が許したとしても、私はこういうのははっきりさせた方がいいと思うんだ」  みのりはの顔を見て、言った。 「えっなに? 全然分かんないんだけど! あんたたち、まだめぐを疑ってるって言うんなら……」 「さっき未来も言ったけど、めぐじゃないってば」  食い気味の杏奈をみのりが制した。 「亜里沙が倒れた原因はね、へび恐怖症だよ」  その瞬間、亜里沙は「ひっ」と息を吸い込むような音を出して布団を頭まで被った。 「はっ? へび? なにそれ……」  杏奈の熱が急に冷める。逆に、顔が赤くなっている者がいることを、みのりと未来は見逃さなかった。 「最初におかしいと思ったのは、三線を見たときの亜里沙の様子だよ」 「寝不足でふらついたって言ってたやつ?」 「でもあれってまだ着いたばかりのときじゃん」  めぐとももが不思議そうに言う。 「三線ってへびの皮使ってるでしょ。重度のへび恐怖症の人はそれだけでもう近づけないんだよ」 「そうなんだ、知らなかった……」 「でも、へびなんてどこにもいないじゃない。三線を持って亜里沙に見せてたら、さすがに誰でも気づくよ」 「三線じゃなくて、へびの映像だよ。それも、自分に迫ってくる大蛇」 「『ハリーポッターと秘密の部屋』の蛇がせまってくるシーンが切り取られた動画が、映写機の部屋のパソコンにあったよ」 「他人の部屋に勝手に入って、しかもパソコン触るなんて最低!」  和子が叫んだ。 「最低でも何でもいいよ。でも、サークルの同期に恐怖を植え付けて、しかも気を失わせるよりは、まだましだと思うけど」 「あのさ、パソコンに動画があったとしても、それを都合よく好きなタイミングで見せるなんて無理じゃない?」 「それに、亜里沙はずっとスクリーンに背を向けていたし……」 「スクリーンじゃないよ。私の座ってた後ろ側、というか亜里沙とめぐ以外から見て死角になる位置の壁に、直接映したんじゃないかしら」  未来が言う。 「でも動画を流すタイミングなんてなかったよね……」 「動画はずっと流しっぱなしだったんだよ。ある時刻になると大蛇の映像になる。再生中のままプロジェクタ―の光を物理的に遮っておいて、その時刻に合わせて仕切りを外す」 「硬めの紙みたいなもので、この場で床に落ちてても不自然に思われないもの……例えば予備のトランプとかね」  みのりが補足する。 「それで亜里沙がパニックになっているところに注目が集まっている間に、床に落ちたトランプを拾って、キッチンに封の開いたそば粉を置いてくれば、あの状況が出来上がる。まさか亜里沙が気を失うとまでは思ってなかったみたいだけど」 「でもプロジェクターはちゃんとスクリーンの方向いてたじゃない。あんな大きなプロジェクタ―簡単に動かせないけど」  反発するようにユリが言う。 「あの大きいプロジェクタ―の上に小型のプロジェクタ―が乗ってるのよ。壁に直で映せるやつ。一階からじゃ見えないけど、階段の途中で首を伸ばすとそれらしいものが見えるわ」 「そしてそんなことができるのは、みんなが来る前からこの家にいた和子しかいない」  未来とみのりが畳みかけると、和子はこれ以上の言い訳が思いつかないのか、口を結んで下を向いた。 「でもでもでも、亜里沙が倒れたあと、私はずっと和子と一緒にいたよ。そば粉の袋をキッチンに置くなんてこと、できるわけない」  杏奈が言うと、和子がやっと口を開いた。 「だから、そば粉は私じゃないって……私はそんなの知らない」  確かに、あのときの和子の取り乱しようは、演技とはとても思えなかった。 「うん、分かってる。キッチンにそば粉を置いたのは和子じゃない。協力者がいたのよ」 「協力者……?」 「でも、誰がそんなこと……」 「それこそ、一人しかいないじゃない?」 「一人? 誰よそれ」  食って掛かるユリに、みのりは疑いの視線をそのまま返した。 「あんたよ、ユリ」 「はっ? なんであたしなのよ」 「明らかな動機があるから」 「動機なんてあるわけないじゃない」 「二股かけてたっていうユリの元彼、亜里沙の彼氏でしょう?」 「うそ……」  部屋の熱を帯びた空気が急激に冷えた。  ユリがチッと軽い舌打ちをする。 「……仮にそうだとしても動機があったって、あたしがやったっていう証拠があるわけじゃない」  その通りであって、実際、予想した動機があっているかはみのりにとっては些細なことだった。 「簡単なことよ。亜里沙があの席に座るように誘導できたのは、ユリだけだから。昼食のとき、一人ずつお茶を配って、私たちに自分で席をとらせるように仕向けたでしょう。あれはユリと和子の席を固定して、私たちにも自分の定位置を意識させるためよ。もし途中で席が変わりそうになったら、同じようにまた誘導するつもりだったんじゃないかしら。それだけじゃないわ。亜里沙がなかなかケーキに手をつけなかったときに、ユリ、急かしたでしょう。あれは亜里沙がケーキを食べる前に動画が流れてしまうと困るからでしょう」  ユリはみのりを睨みつけ、再びチッと舌打ちした。 「みのりはあたし側だと思ってたのに」 「恋愛なんて相手あってのことなんだから、どっち側もないでしょう。それに、私はただ事実が知りたかっただけよ」 「ねえ、ちょっと待って……ほんとに亜里沙も隆裕先輩と付き合ってたの?」  杏奈とももは驚きを隠せないという顔をしていた。逆に他の者は黙っているのが、みのりの話を裏打ちする証拠だ。 「そうだよ」  頭まで布団をかぶっていた亜里沙が、ようやく顔を出した。 「でも私、謝らないよ。二股かけられてるって知ってた。それでもいつかは私だけ見てくれるって信じて、許してた。隆裕にどっちか選べっていったのはユリで、隆裕は私を選んだ。そうでしょ? 私はユリに悪いことしたとは思ってない。隆裕はクズだけど、それでも私はあの人が好きなのよ。見限ったのはユリの方よ」 「んなこと分かってるんだよ!」  ユリは不貞腐れた顔で言った。 「それでも行き場のない感情があって。亜里沙は友達なのに、亜里沙のこと嫌いになっていく自分がもっと嫌いになっていって……。だから、直接八つ当たりして、あとでばらして、これであいこだって言うつもりだった。みのりと未来が邪魔さえしなければ……」 「なんでそば粉じゃなくて、蛇の映像にしたの? そば粉なんてこっそり入れれば余程ばれにくいと思うけど」 「だって、アレルギーなんてちょっとでも間違ったら死んじゃうかもしれないじゃない! 私はそんなこと望んでない! 蛇の映像だって……ちょっと苦手なくらいだと思ってて、気を失うなんてことになるとは思ってなくて、驚いて腰抜かすくらいだと……」 「驚いただけじゃあ、あとからそば粉が見つかったらおかしいわ」 「亜里沙は絶対に和子を庇うから。具合が悪かっただけって言うって確信があったのよ」 「そう……」  ベッドに横になったまま顔だけ布団から出している亜里沙に、視線が集まる。亜里沙は何も言わずに目を伏せた。  確かに亜里沙が和子がやったと言うところなど、誰も想像できない。  みのりは溜め息をついた。 「……じゃあ、へびの映像で終わらせとけばよかったじゃない。なんで中途半端にそば粉の袋なんて置いたの? それも和子に言わずに」 「そうしたら和子だけが悪者になるじゃない! セッティングしたのは和子だけど、亜里沙に嫌がらせするって提案したのも、へびが苦手だって聞いて動画を加工したのもあたしなんだから、疑いの矛先が自分にも向くようにって……それなのに、めぐがペンダント探してたりしたから疑われちゃうし……」 「ああ、だからケーキを出す前に慌てて出て行ったのね。わざと自分からアリバイをなくすために」 「どういうこと?」 「めぐがペンダントをなくしたりしていなければ、あの席にはめぐと亜里沙が並んでいたはずでしょう。恐らく予定では、和子は亜里沙に動画を見せるタイミングで、めぐに適当なことを言ってキッチンに行かせるつもりだったんじゃないかな。たとえば、冷蔵庫にあるお菓子とってきて、とか言って。ユリはケーキにそば粉が混ざってたのかも、と皆に思わせて、さらに自分に疑いを向けたかったんだから、ケーキが運ばれてくるより前に自分が一人でいなくなるタイミングを作る必要があった。でも実際にはめぐが席を空けてたから、思うように運ばなかった。そういうことでしょう?」 「そうだけど……全部分かっててむかつく」 「それはどうも」 「あたしだって……隆裕に自分を選んでほしかった。あたしは二股かけられてることにずっと気づいてすらいなかった。それが悔しかったのよ。あたしだって謝らない、謝りたくない」 「いいよ、それで。私は無事だし、結果的に隆裕をとっちゃったしね。それこそおあいこってことで」  亜里沙が言う。 「なんだよ、勝ち組の余裕かよ」  喧嘩口調のユリも、顔はもう怒っていない。 「にしても、亜里沙がへび苦手だなんて私も知らなかったのに、どうして和子は知ってたのかしら?」  ももが言った。 「三線の件じゃあ説明がつかないわ。事前に知っていなきゃ、そんな動画を加工したりなんてできやしない」 「それはそう。和子は知っていた。でも、確信がなかった。だから確認したかった。お父さんの部屋は開けもしなかった和子が、お母さんの部屋だけわざわざ私たちに見せたのは、三線を出して亜里沙がいまもへび恐怖症か確認するためでしょ?」 「えっ、ちょっと待って、みのり。いま、って言った……?」 「うん。ユリが協力した理由はすぐ分かったけど、和子の動機はなかなか見つからなくてね。でも、そこの卒業アルバムを見て分かったよ」  みのりが和子の机の上に置いておいた卒業アルバムを指差す。 「亜里沙、和子と同じ小学校なんでしょう?」 「うん……」  亜里沙が布団の中からもぞもぞと出てきて、ベッドに腰をかけて座った。 「見れば分かるけど、小学校の五年生までは和子と亜里沙が一緒に映っている写真がたくさんあるのに、六年生では一枚もない。それまではほとんどの写真で一緒に映っているのに、六年生のときだけ、しかも同じクラスなのに、一緒に映っている写真が集合写真しかないのは不自然だよ。この間に何かあったとしか思えない」  未来が説明すると、亜里沙は一瞬、和子の方を見た。それから俯いて、膝元の布団を握りしめた。 「ア、アオダイショウが……学校に、アオダイショウが出たの。私と和子ちゃんは一緒に登校してて、私がそれに気づいてパニックになって、和子ちゃんを階段から突き落としちゃったの……。和子ちゃんは小学生のとき、全国大会に出るくらいにテニスが強くて。私も一緒に習ってたけど全然上手くならなくて、ラケットを自分の手足みたいに扱う和子ちゃんは私の憧れだった。でも、私のせいで、腰と脚を骨折して……、復帰に時間がかかるような大怪我をして、そのままテニスをやめちゃって」 「やっぱり覚えてたのね」  咎めるように和子が口を挟む。 「忘れるわけがないでしょう」 「じゃあ何で大学で再会しても何も言ってこないのよ」 「私のことなんて思い出したくないかなって思って。サークルもすぐやめようかと思ったけど、でもまた和子ちゃんがテニスしているところが見られて、それが嬉しくて、やめられなかった……」 「あのねえ! 私はテニスやめたことなんてないの、一度も。ただ思ったよりリハビリに時間がかかっただけ。やめちゃったのは亜里沙ちゃんの方でしょ」 「だって……」 「そりゃね、私だって怪我を恨んだことも、亜里沙ちゃんを恨んだこともあるよ。でもね、いつまでも子どもじゃないのよ。せっかく大学で再会したのに何も言ってこないし、それどころか明らかに避けられてるし。私のこと覚えてないのかと思った。目も合わせないから、嫌われてるのかなって」 「そうじゃなくて、どうしたらいいか分からなくて……」  亜里沙の目尻から、滴が零れた。  「ずっとごめんね、和子ちゃん」 「ごめんねはもういいって」 「うん、でも、ごめん……」 「私も、驚かせてごめん。ショック療法みたいに思い出してくれるんじゃないかと期待して。卒アルも起きたらもしかしたら気付くかなと思ったりして……。実物の蛇じゃないから前にパニックになったときよりましかと思ったんだけど、昔よりもっとダメになってたのね……ごめんね……」  途中から、完全に二人の世界に入っていた。杏奈が気まずそうに口を挟む。 「あのさ、ちょっと二人で話せば? 私たち外すからさ」  和子と亜里沙を部屋に残して、みのりたち六人は一階に降りた。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!