The hope in the shell

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 冷たく……固い感触。目を開けると、どこか見知らぬ場所にいた。古めかしいアンティーク調のドアと天井を駆け巡る配管。まるで一昔前の時代に迷い込んでしまったかのようだ。そして。 「あ、起きた。……なんで逃げようとするの?」  優しく甘い声。しかし僕の顔を覗き込んでいたそれを見て、僕は恐怖で震えあがった。  その口元と瞳に人間の面影が残っているものの、髪はなく、耳は変形している。全身の皮膚は深い青で、肘や足の部分には大きなひれがついており、両手の指の間には発達しかけている水かきがあった。――――魚人。オカルト話で見るそれが、正に僕の目の前にいた。 「く、来るな……」  何よりも、その鋭い爪と口から覗く鋭利な歯が、恐ろしかった。僕は腰が抜けて上手く動かない体を引きずって後ずさる。 「何を怖がっているの?」  化け物は眉のない顔をしかめた。目の上に皺が寄る。怒っているのか、単なる疑問か……その異形の表情は僕には伺えない。 「……別にあなたに危害を加える気はないのよ、怪物さん」  僕は目を見開いた。……怪物? 僕が、怪物? 「だってあなた、変な形なんだもの。肌の色は変だし、ヒレもないわ。頭から何か……黒いイソギンチャクみたいなものが生えているし」  僕の驚きを感じ取ったのか、化け物は平然とそう言って、また顔をしかめた。が、大きく溜息をつく。 「でもあなた、怯えているわ。迷子になった小さな魚みたい」  その言葉は更に僕を混乱させた。その端々から、化け物の感じている憐れみと悲しみが伝わってきたからだ。語り口はどこか理知的ですらある。 「きっと群れからはぐれたのね。……ついてきて。一緒にあなたの仲間を探してみましょう」  くるり、と踵を返す。後頭部から生えた、イルカのような尾が揺れた。  待って、と言うこともできずに。僕はよろめきながらその後を追いかけた。
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