The hope in the shell

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 その夜は彼女の家に泊まることになった。あの街と同じように金属で出来ており、サンゴ礁の中から突き出していた。他にも同じような家がある。 「いやぁ、助かるよ。僕らは言葉を喋るけど、言葉を書く習慣がないからね。文献を解読できる人がいるのは助かるよ! 僕が解読した限りではあの街も、この家々も、ここに来た人間が立てたものさ。つまり……君たちが」  そう言って、彼女のお父さんは僕を見た。彼女曰く、彼は古い書物や知識が好きな変人、というのが近所の評判らしい。所謂学者気質とでもいうのだろうか。僕が地上から来たということを言うや否や、嬉々として僕に語りかけてきた。 「彼らは何らかの目的でここへやってきて、あの街と家々を作った。それは確かなんだ。こんな建物は僕らじゃ作れない」  鋭い歯をむき出しにして微笑む。変形した耳が興奮のためかぴくぴく動いた。 「そうですね。……でもちょっと前時代のような感じがします。60年代とか、70年代とか……」 「ロクジュウネンダイ? 何だいそれは? 新種の生物の名前?」  彼の疑問に、僕は少しまごついてしまった。一体彼らの知性のレベルはどれほどのものなのだろう。 「ええっと、それは……時間の……」 「時間? あぁ! 時間って言葉なら知ってるよ、確か僕の部屋にしまってある古い日記に書いてあった気がする。意味は、何だったっけな……。とにかく、それと君の言った言葉と何の関係があるんだい?」  結局、夜の時間は彼に地上の概念を説明することに費やしてしまった。彼はありがとう、とじめじめした水かきで僕の手を握った。僕は貸してくれた部屋に行く途中で、その鬱陶しい湿り気を服で拭った。  その晩、固いベッドの上で脱出するための方法をいくつか考えてみたものの、どれも上手く行きそうになかった。まず泳いで戻るのは絶望的だ。何せ太陽光すら届かない深海なのだ。本来人間が来れる場所ではない。事故の救助隊に見つけてもらうというのも浮かんできたが、そもそもここがどこかも分からない上に、いくら飛行機事故で派手に落ちたとはいえ、捜索隊もここまでは来ないだろう。考えれば考えるほど絶望な状況に挫けそうになる。……でも、何がなんでもここから脱出するんだ。僕は気合いを入れ直し、窓の向こうの黒く淀んだ海を睨んだ。
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