The hope in the shell

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 こんな陰鬱な深海だというのに、なぜか水圧は全く感じず、普通の海と変わらない感覚だ。ぎこちない泳ぎで彼についていけば、彼の言う通り、家の天井部分を灰色のサンゴが覆いつくしている。張り付いているサンゴを取っていく……まるでイソギンチャクのようだ。深海にサンゴというのも奇妙だが、そもそも金属に生えるサンゴなんて聞いたことがない。変種だろうか?  悪戦苦闘しつつも、なんとかそれなりの量を取ったところで家に戻った。玄関に戻ってくれば、忽ち、送風口の強い風が僕の体の水気を吹き飛ばした。この入口の仕組みはどうなっているのだろう。そんなことを考える間もなく、リビングらしき空間に入った僕は、驚きと恥ずかしさのあまり固まった。  そこには彼女が立っていた。まだ元気に跳ねる数匹の魚を持って。僕は切磋に前を隠した。 「どうかした? 顔真っ赤よ。外に出ていたのね。大丈夫? ……病気にでもかかった?」  しどろもどろになりながらも、近づいてくる彼女から離れようとする。 「い、今、その……裸だから……!」 「だから何? 地上の人たちはそんなこと気にするの? 私だって裸じゃない、何をそんな気にしているの」  どこか呆れたような声音。 「それより、ご飯を取ってきたわ。あなたの分もあるから食べましょう」  そう言うと、びちびち尾をしならせる魚を地面に叩きつけ、ほんのためらいもなく、爪で突き刺した。  そのまま中を開き、鋭利な歯で、まだ僅かに動く魚を食いちぎっていく。彼女の口元は血で真っ赤に染まっていた。あまりにも生々しい光景に僕は目を背けた。恐怖で背筋が凍る。 「ん? いらないの?」  むせ返りそうな血の臭いが一段と強くなった。視界の端で赤い肉の切れ端が揺れる。 「い、いらない! いらないよ、そんな……残酷な……」  見たくない。口元を押さえ、吐き気を堪える。 「残酷? そんなことを言っていたら生きられないわ。何かを殺して生きていく。それはどんな生き物でも同じよ。あなただってそうでしょう」  ぐち、と肉が千切れる音。耳を塞ぎたくなる咀嚼音。 「お腹が減ってると何もできないわよ。せっかく捕まえられたのだし」  再び眼前に肉の切れ端を突きつけられた。彼女の隣で不思議そうに彼女の父親が僕を見る。食べないの? と言いたげなその顔から、僕は目を逸らした。生々しさよりも何よりも、彼女が平然と残酷なことをしているのがショックだった。僕は何も言わず自分の部屋に戻って、暗いベッドに横たわった。
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