The hope in the shell

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 朝、なのだろうか。ベッドから出て立ち上がる。気がつけば壁の横につけた印は6つめになっていた。僕は溜息をついて、7つめの印を付け足した。  相変わらず常時暗い世界とあの食事方法に慣れていなかったが、僕は彼女の家で生活し始めた。朝目が覚めると、彼女が切り分けてくれる魚の肉を少し食べ、点検をし、その後彼女の父親を手伝って文献を解読する。それが僕の日課になっていた。 「あぁ、起きたのね。ここの生活には慣れた?」  彼女が切り身を渡してくる。 「慣れるわけないだろう。……こうして家に置いてくれているのは嬉しいけど、そもそも僕はこんなとこ住みたくないから」  地上に帰るため。その1点が僕の心を支えている。 「こんな、太陽の光すら届かない真っ暗な世界にいたら狂ってしまう。僕は早く地上に帰りたいんだ!」  僕はそう叫んで、憎らしい程の黒に塗りつぶされた街を睨みつけた。元の世界が恋しくてたまらない。ここへ来てもう1週間もたつ。こんな世界では時間の感覚すら曖昧だ。このまま居続けたら本当におかしくなってしまう。 「なぜそう思うの。光があることがそんなに重要? 光がない世界だからこの世界はおかしいの? そう決めることが、一体あなたの何を守るの」  悲しそうな瞳が僕の反論を奪う。何も言い返せずに僕はそっぽを向いた。 「……でも、帰りたいんだ」  悔し紛れのように言い放つ。その言葉はどこか尻すぼみに落ちていった。彼女が残った骨を片付けて立ち上がる。 「それはそうね。協力するわ」  僕の言葉に彼女は素直に頷いた。いいの? 僕は彼女の言葉を信じ切れなかった。彼女自身とこの世界を、はっきりと否定する僕をこれ以上助けてくれるのだろうか。しかも本気で。 「ええ。あなたと私は違うわ。あなたにはあなたの世界があるし、私には私の世界がある。元の世界に帰りたいと思うのは、そんなにおかしいことじゃないわ」  彼女の足が入口にかかる。そのまま僕の方へ振り返った。薄暗い中で浮かび上がる、彫刻のようなその横顔。 「でも違う世界のものを取り込むことはあなたを成長させる。だって成長することは変わることだわ。変わることというのは、違うものを自分の体の中に取り入れることよ。生き物ってそうして成長していくの。……それへの敬意は忘れないで。……それだけ」  彼女の体が弓なりに曲がって、電灯で鈍く照らされている水の中へと飛び込んでいった。僕はその後ろ姿をぼんやりと眺めていた。その泳ぎと美しい体の躍動を。
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