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「ごめんなさい、ほんっと、ごめんなさい!」
顔の前で両手を合わせる小さなシルエット。
「ええっと」
「まさか来るなんて思わなくて」
声だけで焦っていることがわかる、高くてふるえた音に速い言葉。
私よりもだいぶん小さな背丈、肩でそろえられたふわっとした髪、白と黄色のワンピース。襟元と裾にはレース。特に裾のレースはたっぷりでかわいらしい。髪飾りは三日月とお星さま。ただ、かろうじて長袖だけど、こんなに寒い12月の寒空の下、コートも手袋もマフラーもなくて、なんだか心配になってくる。
「ごめんなさい」
勢いよく頭が下げられた。
「まったく、本当にはた迷惑な」
のんびりとした、けれど眉をひそめていることが声色でわかるような、そんな音がした。
私と小さなこの子の悲鳴の後に、どこからともなく現れて、建物に腰掛けたその人の周りには、行灯が並んでいて辺りを明るく照らしている。その灯りにうかぶその人は、なんだか不思議な格好をしていた。襟元は着物のようなのに、腰を巻くリボンの下は長い長いスカートのようで、袖は生地がゆったりしている。色は青、だろうか。目を引くのは長い黒髪で、花びらがたっぷりの髪飾りが鮮やか。ここが神社であるとういことを考えると、雰囲気があっているのは彼女の方で。
ちなみに、第一声が「やかましい」で、有無を言わさぬ貫禄があった。見た目は私と同じくらいの年に見えるのに、落ち着いた澄んだ声とゆったりした動きで、私なんかよりずっと年上の空気があった。
「きみも、こんな夜にこんなところに来るなんて、不用心だろうに」
彼女が私を見る。ごめんなさい、と思わず頭を下げた。
「で。何しに来たの」
どちらに向けられたかわからない問に、けれど、素早く応えたのは小さな彼女で。
「ね、これ、かわいいでしょ!」
「は?」
うわあ。
小さな彼女は、ずいっとその手に抱いたサンタクロースをかかげていた。
対する青い彼女は、意味がわからないと言わんばかりの短い一言。
「どこから取ってきたの?」
涼やかな問。首を傾げるその動作はカランと軽やかな音がするようで。
「庭!」
小さな彼女の元気な声。
「こんの、泥棒猫!」
「猫じゃないもん!」
「だったら、ただの泥棒かい?」
「違う、それも違う!」
思わず笑いそうになるのをこらえる。少し高い位置の余裕のある彼女と、地面に立ってパタパタと動く彼女。なんだろう、絶妙なかけあい。
「あああ!」
「今度は何?」
小さな彼女が声を上げて、それからがっくりと肩を落とした。
「消えちゃった」
見ると、サンタクロースの明りが消えている。
「貸して」
すらりと伸びたのは青い彼女の手。はい、と小さな彼女がサンタクロースをその手にのせた。ぶらん、と何かが垂れ下がって、私は一瞬何だろうと思ったけれど、ああコードか、と納得した。
青い彼女は顔の前にサンタクロースをもってきてじっと見つめる。細い指がそれを撫でる。
ふっと、彼女が何か言った。誰に向けたわけでもない独り言の響き。あまりにも淡くて、何て言ったのかはわからなかった。
「はい」
「え」
声と共に、サンタクロースは私に差し出されていた。取りあえず受け取ってみるものの、よくわからない。多分普通の置物だ。家のイルミネーション用に置かれるような感じの。
「見たところ、大学生?きみはどうしたの?」
彼女が私を見つめていた。
「どうって……」
サンタクロースを抱えたまま、言葉が出てこなかった。
「もう日付も変わるだろう。こんな時間に、人気のないここに何をしに来たの?」
「そーだよ、危ないよ!」
二人こそ何をしているんですか、と問い返したいけれど、青い彼女の声には有無を言わさぬ響きがあって、結局私は黙ってしまう。
「何となくどうでもよくなって、かな」
かけられた言葉にビクリとした。
「今日、クリスマスイブ、なんでしょう?とても大きな行事。こんな日に、一人で神社に来るなんて普通じゃないもの」
普通じゃない、の一言にチクリとする。
「バイト帰り、です」
思っていたよりふてくされた声がでた。
「そうなんだ、大変だねー」
小さな彼女が言葉をくれる。
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