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「貴様!たった一人の転校生すら抑えることが出来んのか!」
「は!」
「貴様、何というザマだ!」
「はい!申し訳ございません!」
トイレで転校生向井田を襲った時、こっぴどく叩きのめされた背の高い生徒・国木田亮弐は、首にコルセットをつけ、腕を包帯で痛々しく釣った状態で、この山縣有朋記念館の中の秘匿された小部屋の中で、直立不動で立たされていた。
国木田は顔面蒼白状態で、ただ立っている事しか出来ない。
そして、猛禽類のように鋭く獰猛な眼光を光らせる上層部からの見回り人に睨みつけられ、激しく叱責されて出てくる言葉は、もはや謝罪の言葉しかあり得なかった。
「それから!クラスで決めた儀式をたった一人の転校生に取りやめにされて、それで平気でいるのか、貴様は!」
「はい、大変申し訳ありません!」
北巻冴子は、頭に包帯を巻きつけた状態で、その超絶的に美しい高貴な顔を歪めながら、その場に立たされていた。
頬には顔を張られた痕があり、本来なら、あまりにも美しすぎるその顔が、真っ赤に腫れ上がったままだ。
「そもそも、顔踏みというのは、貴様が始めた儀式じゃなかったのか!」
「おっしゃる通りです!」
「貴様らには貴族の子息たるプライドがないのか?!そんなどこの馬の骨とも知れぬ風来坊のような転校生に、完全にコケにされて平気でいられるのか?!」
「はい!申し訳ございません!」
直立不動で立っている男女は、まるで輪唱するかのように、一斉に同じ謝罪の言葉を発した。
「それから貴様!仲間が首を刈られているというのに、よくもおめおめと戻ってこれたな!」
「はい!大変かたじけなく思う所存であります!」
紅装束の男・源晴臣は、腕に包帯を巻いた状態で、同じくその場に立たされていた。
「もう一名も心臓えぐられ、死滅した!貴様も腹を切るか?!」
「はい!その覚悟は出来ております。よろしければ介錯のほどを!」
源は目を瞑り、腰のサーベルを抜いて、その場に座した。
「ふん!まあよい。これ以上、こちらから態々死者を増やすこともないわ!だがいいか!次は必ず奴の息の根を止めろ!わかったな!」
「はい!衷心よりお誓い致します!」
源は、座したままの状態で、深々と頭を下げた。
自宅の大邸宅に戻った北巻冴子は、執事にフレンチ・フルコースのディナーを勧められるも食べる気に全くならず、アール・デコ調の自室に閉じこもったまま、向井田の写真を睨みつけて歯噛みした。
生まれてこの方、これほどの屈辱を受けた事はない。
小さな頃から何不自由なく大切にされて、育てられてきた。
誰もが冴子の目下に控え、敬意と羨望、憧れに満ちた視線に取り囲まれて生きてきたのだ。
学園生活などは最初から身分の違うところに身を置き、幾ら同じクラスの一生徒に過ぎないにしても、冴子をそのように見る生徒など一人とていなかった。
さながら暗黙のうちに特権階級の女生徒であったのだ。
その上、その類稀なほどの美貌の輝きと眩しさには、誰もが、男女の比なく、皆が全員、完全に平伏してきた。
しかしながら、蝶よ、花よと、大切すぎるほど大切に育てられ、親にも殴られたことのない冴子が、豈図らんや、どこの馬の骨とも知れない向井田のような転校生に、往復ビンタを返された挙句、壁に叩きつけられ、公衆の面前で鼻から血を流して気絶するなどという、あってはならぬ失態を犯したのである。
それだけでなく、自ら行っていたクラスごと統制した儀式を、一日で向井田に叩き潰されてしまったのだ。
ズキズキと痛む頭に悩まされながら、向井田の写真を睨みつけた冴子は、猛烈な殺意をたぎらせた。
他人に言われるまでもなく、上から命令されるまでもなく、必ず向井田を血祭りに上げてくれるわ!
冴子の憎しみの炎は、自身すら燃え尽くすほどに、過度に燃え上がった。
だが…
冴子の心の中には、もう一つ自分でもよくわからない不思議な感情が芽生えていた。
何しろ生まれてこの方、向井田のような男に出会ったことがなかった。
一体何者なんだ?
あの得体の知れない転校生は?
その不可思議な謎に迷い込むほどに、何故だか訳の分からない感情が冴子を支配した。
あの憎むべき不気味な男のことをもっと知りたい…。
そんな奇妙な探究心が、冴子の心の隅に、小さく明滅していた。
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