33人が本棚に入れています
本棚に追加
8
その日から冴子は、授業が終わると、向井田の後を尾行するようになった。
向井田は、それほど特別な行動を取るわけではなく、授業を終えてから、住んでいる、学校が建立した寄宿舎に帰ると、食堂での夕食後は自室に閉じこもり、朝まで部屋から出てこなかった。
そして朝になると、食堂で朝食を食べた後、そのまますぐに学校に登校し、授業が終了すると、また真っ直ぐ寄宿舎に帰るという単調極まる生活を繰り返しているに過ぎなかった。
冴子は、寄宿舎の向井田の部屋の前に借りた小さな倉庫にカメラを設置して、向井田の生活を監視し、学校の行き帰りには尾行するという、あからさまなストーキングを行なっていたが、毎日毎日、全く同じ単調な生活を繰り返しているだけの向井田の生活ぶりを追跡することにそろそろ飽きが来ていた。
それでも向井田という存在が気になって仕方がない冴子は、向井田のまるで究極のミニマリストのような、単調極まる生活にいつまでも張り付いていた。
だが、ある日のことであった。
その日の夕刻には仮面舞踏会があり、冴子も出席する予定であったが、向井田の追跡をやめられないため、仕方なく、あらかじめ舞踏会用のドレスを着用して、向井田を追跡していた。
向井田の寄宿舎の部屋の前に借りた小さな倉庫にまた入り込み、仕掛けたカメラからの高倍率ズームの映像を確認していたが、いよいよ舞踏会に参加する夕刻の時間が迫ってきた。
今日はここまでか…。
後ろ髪を引かれる思いが残りはしたが、別段、向井田は目を離した隙にどこかに逃げてしまう訳ではないし、そもそも明日になれば、また向井田とは学校で会えるのだ。
今日はここまでにしておこう…と、冴子は仮面舞踏会のために着てきたゴージャスなドレスや髪を整え、もう一度綺麗に化粧し直した後、けばけばしくも妖しい仮面を着用して、倉庫から外へと出た。
だがその時、毎夜、部屋から一歩も出てこなかったはずの向井田が、不思議なまでに奇怪な重装備をして、寄宿舎の外に出てきたのを目撃したため、冴子は心底驚いた。
すぐに物陰に隠れた冴子は、このまま向井田を尾行することに決めた。
仮面舞踏会にも未練はあったが、ここまで向井田をつけ回してきたのは、向井田のこういう異様な行動を見つけるためだったのだから、これはもう致し方ない。
冴子は目立ち過ぎるドレス姿を隠すために、頭にスカーフを巻き、マスクをして顔も隠し、ドレスの上にはコートを着て、そのまま向井田を尾行した。
それにしても向井田の重装備は、ある意味、奇妙すぎるものであった。
巨大なタンクのようなものを背中に背負い、そのタンクに接続された管のようなものを、たすき掛けのようにして、全身に巻きつけている。
頭には、顔まで隠れるヘルメットのようなものを被り、何とも奇天烈とすら言える出で立ちである。
当然、こんな風態をした向井田を、冴子は今までに見たことがない。
向井田は、その異様なスタイルのまま、どんどん道を進んでいった。
冴子は距離を取りながら、そのまま向井田を尾行し続けた。
だが、20分ほど歩いて尾行した後、冴子はあることに気づいた。
向井田が歩いていく、このコースは、仮面舞踏会が開催されている巨大な城へ向かうルートと全く同じであることに。
もしかして…?
そう思った冴子の想像は、しばらくして正しかったことが証明された。
やはり向井田は、仮面舞踏会の会場に向かっていたのである。
向井田も、仮面舞踏会に招待されている可能性はある。
しかしあの風態は、果たして仮面舞踏会に相応しいものなのか否か…。
冴子には少し不思議に思われた。
向井田は、そのまま、仮面舞踏会会場の入り口で警備を担当している鉄仮面のような装備の門番たちの前に立った。
しばらく、門番たちと向井田は何やらやり取りをしていたが、いきなり向井田は胸元から短剣を取り出すと、門番の鉄仮面の内部に鋭利な刃を突き立てた。
首から鮮血を飛び散らかし、倒れる門番。
他の門番たちが戦闘態勢に入ると、向井田は今度は門番に飛びついた後、門番の腰に付けられたサーベルを奪い、それを鉄仮面の中の門番の首筋に突き刺した。
また夥しい血が飛び散った。
門番二人を倒した向井田は、そのまま仮面舞踏会の会場の内部に向かって走り出した。
すかさず、警報のベルの音が響き渡る。
すると、舞踏会の会場の内部から、カブトガニの形をした異様な怪物の群れのようなものが、向井田目掛けて飛びかかってきた。
カブトガニの甲羅の形の部分が羽根として機能しているらしく、空飛ぶカブトガニ型の兵士は、何匹も向井田に激突していこうとしていた。
だが向井田は門番から奪ったサーベルを手にして、次々とカブトガニ型の空飛ぶ兵士を斬り裂きながら、仮面舞踏会の内部に向けてひたすら走り続けた。
次に舞踏会の内部からは、骸骨の分身の集合体か、はたまた不気味な髑髏のクローン集団のような兵士が、何体も何体も向井田に立ち向かっていった。
だが向井田はその凄ざまじい怪力で、髑髏のクローン集団を、サーベルで叩き壊すように破壊し続けた。
次々と迫り来る髑髏クローン集団は、同時に次々と向井田の怪力によってバラバラに破壊され続けていった。
そして向井田は、いよいよ髑髏クローン集団を叩き壊し終わり、仮面舞踏会の内部に入り込んで行った。
冴子は、向井田の凄ざまじい破壊行為を驚愕と共につぶさに目撃しながらも、尚も向井田の後を追い続け、気がつくと、自らも仮面舞踏会の内部にいつの間にやら入り込んでいた。
仮面舞踏会の内部で、相も変わらぬ狂的な宴に酔い痴れていた貴族たちは、いきなり現れた向井田の姿を見て、一瞬、何がなんだかわからず一斉に沈黙したが、すぐに向井田が奇抜な仮面舞踏会用のコスチュームを付けているのだと思い込んで、叫び声を上げながら、この突然の闖入者に対し、喝采を送った。
だが、その喝采も、一瞬のうちに阿鼻叫喚の地獄の悲鳴へと様変わりしてしまったのだ。
なんと向井田は、身体にたすき掛けのように巻きつけてきた管を外すと、その先端の発射口を仮面舞踏会にいる貴族たちに向け、次の瞬間、管の中からいきなり大量の泡を放射し始めたのだ。
強烈な大量の泡が、貴族たちに浴びせ掛けられていくと、その泡は、ただの泡ではなく、浴びせ掛けられた貴族たちの身体は見る見るうちにドロドロに溶け始めた。
そして、断末魔の叫びと共に、舞踏会にいた大量の貴族たちは、皆、ワナワナと痙攣しながら、泡のように溶解し始めたのだ。
冴子は目の前で巻き起こっている地獄の光景に度肝を抜かれ、身体の震えを止めることが出来ないまま、尚も向井田をひたすら注視し続けた。
この男は、一体…!
地獄からの使者か?!
向井田は、ひたすら管の発射口から泡を放射し続けた。
ドロドロに溶解した貴族の残骸が、仮面舞踏会の会場のそこここに転がり始めた。
最初のコメントを投稿しよう!