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空は深海の様な瑠璃色。
満月はまるで宝石みたいだ。
草原には風が吹き抜けていった。
「約束しよう。」
彼は言った。
「何を?」
私が不思議そうな顔をすると、彼は静かに笑った。
「離れ離れでも、僕達は何より輝く星になって、いつか互いを見
つけ出すんだ。」
彼は空を指さした。
「ほら、見てご覧。夏の大三角だよ。
あそこにあるのはベガ。織姫星だね。
あれはアルタイルだよ。彦星だ。
いいかい、僕はいつか、アルタイルになる。
そして君は、ベガになって、いつか僕に逢いに来てくれるっ
て、誓ってくれる?」
私は彼の横顔を見た。
何処か淋しそうな微笑みだった。
「分かった、約束する。」
私は彼の笑顔を見たくて、頷いた。
彼は私の見たい笑顔を作って―――
―――私にそっと口づけをした。
遠い昔。
初夏の約束。
あれから12年後。
私は、この港で、彼が来るのを待っている。
あの約束の後、彼は言った。
「12年後、またこの街で逢おうね。」
私は待つ事にした。
彼の言う通りの「星」にはなれなかったけど、彼には逢いたかった。
港に船が着いた。
降りて来る人々の波をかき分けて、私は彼を探した。
見つかる気がした。
12年前の事だから、彼の姿は変わっているかも知れない。
もしかしたら、約束を憶えていないかも知れない。
だけど、今の私には、彼を見つける自信があった。
彼らしき姿は無かった。
私はがっくりと肩を落とした。
「すみません。」
肩を叩かれて振り向くと、そこには見知らぬ女性が立っていた。
「あなたは此処の住人ですか?」
私は頷いた。
それを見て、女性は私に一枚の写真を見せた。
「この子に見覚えはありますか?」
私は絶句した。
写真に映っているのは、一人の少年だった。
その少年は、私が良く知っている子だった。
「あなたは・・・?」
乾いた唇を震わして、やっとの事でそれだけ口にした。
しかし、女性は応じず、私に封筒を手渡した。
「私の弟からです。」
その女性――彼のお姉さんはそれだけ言うと、笑顔を作って私にお辞儀をし、去っていった。
私は封筒を開けた。
中にはカードが入っていた。
そこにはこう書かれていた。
午後9時、あの草原にて。
午後9時。
私は草原の風を感じながら、空を見上げた。
あの日もこんな月だった。
あの日もこんな星だった。
あの日もこんな風だった。
あの日から、此処は変わらないけど、私達は随分変わったはずだ。
私には、友達ができた。
勉強も出来る様になった。
彼は、どの様に変わっただろうか?
突然、風が勢いを増した。
私は思わず目を瞑った。
月は強い光を放ち、草原を照らす。
数多の星が瞬く夜空に舞う花びら。
しばらくして、全てがおさまったので、私は目を開いた。
そこに立っていたのは、何年も夢見ていた、彼の姿だった。
「やあ。」
彼は照れくさそうに笑う。
私は自分の心臓が早鐘を打つのを感じた。
「君は・・・、」
彼に声を掛けようとしたけど、声が出ない。
「僕はもう、君の知っている僕では無いんだよ。」
突然、彼は言って、私に手を差し出した。
「どういう意味?」
私はその手を取ろうとした。
しかし、いくら私の手を彼の手に重ねても、私の手が彼の手をすり抜けるのだ。
全てを悟った私は震えた。
「そ・・・んな・・・っ、まさ、か・・・。
い・・・や、嫌・・・っ!」
「僕はあの日、余命宣告を受けたんだ。
言ったら、君を悲しませるから、言わなかったけどね。」
「や・・・ぁ、っあ・・・。」
しゃくり上げる私を見ずに彼は静かに語りだした。
「それから僕は、君に別れを告げるつもりだった。
何も言わずに去るのは気が引けてね。
君と約束した事、憶えている?
此処に来たって事は・・・、憶えているんだね。」
泣きじゃくりながら頷く私を見て、彼はあの日と同じ、淋しそうな微笑みを浮かべて続けた。
「あの時は既に、僕が先に星になる事を知っていたんだ。
でも君に忘れて欲しくなくて、あんな約束をしたんだ。
君は、こんな話を知っている?
死者は、大切な人が存在を憶えていてさえすれば、その人の元
へ行けるって言われているんだ。
そして、生前最後にその人に会った夜が満月で、その12年後も
満月なら、一度だけ、その人と触れ合う事が出来る。
君は、僕を憶えていてくれた。
そして・・・、」
その時、風が舞い上がって、彼も舞った。
「今夜は満月だ。」
ふわりと地面に舞い降りた彼は呟いた。
「泣かないで・・・。」
そして、私を抱き締めた。
そして、顔を上げると、二度目のキスをした。
私を見つめて彼は笑うと、もう一度私を抱き締めて、耳元で囁いた。
「離したくない・・・。
だけど、僕は行かなくちゃならないんだ。
バイバイ。」
そう言った彼は、私を残して空へ舞っていった。
「笑って!
君は生きるんだ!
まだ星になっちゃ駄目だよ!
君は沢山の人を幸せにするんだ!
僕を照らしてくれたくれた君なら出来るさ!
またいつか、逢おうね!
バイバーイ!」
彼は泣きながら叫んだ。
もう、私は泣かない。
その代わり、精いっぱいの笑顔で彼に叫ぶんだ。
「さよなら!
大好きだよー!」
彼は驚いた顔をしてから、最後に笑顔を作って、
「僕もだよー!」
と精いっぱい叫んでから、夜空の中へ溶けていった。
いつまでも彼は、
私の光だ。
さよなら、愛した人。
さよなら、私の初恋。
さよなら、遠き日よ。
さよなら―――
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