64人が本棚に入れています
本棚に追加
タクシー会社に残る無線にはMは歓楽街方面へ向かうよう指示したようだが現場は人通りの少ない路地だった。ここでタクシーを降りてどう移動したのか、手段も目的もわからなかった。
監視カメラもなく、目撃者もいなかった。無軌道に動いているように見せながら入念に下見をしてシミュレーションしたに違いない。仲間を待機させてクルマで動いた可能性が高いが、それも憶測でしかない。
出身高校の教師に聞いても、特に目立った存在ではなく憶えていないと言われた。従兄弟が働いている運送会社に就職し、勤務態度もよく問題はなかった。
職場の近くにアパートを借りて住み、作業服姿でほぼ毎日同じコンビニにより弁当とお茶を買っている姿が防犯カメラに映っていた。学生時代は特に目立たなかったのに店員たちにはイケメンの好青年で評判はよかったらしく、バックヤードで噂話のネタになっていたらしい。
急に印象が変わった所はKと同じだと思った。
毎日同じ動きで、変化のない生活。
退職後も引っ越さず同じアパートに住み続け、事件を起こしてからは帰ってきていないらしい。中に入るとごく普通の一人暮らしの男性の部屋だった。
ただ、よく見ると猫グッズだらけで玄関マットから家具、食器、本棚には猫の写真集、そして大量の招き猫が飾ってある。
そんなに猫が好きなら飼えばいいと思うが、飼った形跡はない。ただグッズが部屋を埋め尽くすようにある。
「徹底した収集癖ですね」
近藤が言った。
「レイの骸骨コレクションよりはまともだな」
猟奇殺人が起きる前兆として、犯人のまわりの野良猫が惨殺死体として発見されることがよくあるが、ここは逆に猫愛好家の部屋だ。意図的によそおったのかもしれないが、ここまで徹底して猫好きを演じる必要もない。
パソコンの履歴を見ても、有名猫ブログと地域猫についての検索、猫好きの掲示板。動画も猫ばかりで徹底していた。
結局部屋には事件に繋がるような収穫はなかった。Kとの接触も確認出来ず、ただの猫好き青年の部屋、それだけだった。
職場と家を往復するだけの、普通の青年。
何の楽しみもなく未来に希望もない。安楽死を望む者が多い絶望の年齢層で、それは斎藤も共感できる同世代のジレンマだった。
最初のコメントを投稿しよう!