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プロローグ1
遠くに聞こえるサイレンの音。
誰かが叫んでいて、僕の腹からはドクドクと熱い液体が流れ続けている。
僕の腹部と腹に空いた穴を押さえる手は真っ赤に濡れていて痛みと苦しさが息をする肺を邪魔をする。
どうして、どうしてこうなったのだと。
元々、恵まれていないと思っていた。
お金はない家に生まれたし、それなのに一人っ子じゃなくて兄弟がいて、5つ上の兄は引きこもり。
働かないでゲームとオナ○ーばかり。
人一倍飯は食べるわ、叫ぶわ、うんこするわ。そのくせ働かないし、寝てばかりときた。
両親は解決しようと努力せず、部屋から出てくるのを応援するとか言って引きこもりには多過ぎる小遣いを渡して放置。そのくせ自分には多少足りともお金を出してはくれない。
服も学費も払えという。
兄が部屋を食べカスと汗と何だかわかりたくもない汚い汁で汚している間に、僕はアルバイトをして、それから学校に通い、帰ってきて宿題をする。
休みの日には兄の汚部屋に上がらせていただいてお掃除させて頂く。
僕が部屋を掃除してやっても、兄は薄ら笑いを浮かべてジャバ・ザ・ハットみたいな巨体を揺らして相変わらずゲーム三昧。
こんなナメクジとヒキガエルのハーフみたいな兄の世話などやりたくないが、掃除しないと隣の部屋の自分の部屋に兄のペットの黒い甲虫が来てしまう。
お礼の一言もないし、弟は兄のことをたてるのが当然だと父は言った。
僕は兄の召使いじゃない。そういうと母は僕をビンタして泣きながら説教した。
親は基本的に家にいる時、テレビを見てるし飯を作ってるし、風呂に長く入ったりアマゾンプライムビデオで映画を見ているかで、全く兄の世話をしない。
兄の飯は僕が持っていく。これだけやって兄に感謝されるどころか遅いだの、肉が無いだの怒られる。肉が無いのは母の采配のせいなのに。
僕は、自分のことを飼育係と認識し、家に飼っている兄という生き物の掃除と餌やりをやっているのだと日記に書いて気を紛らした。
大人ならペットは最後まで飼うのが定めだろ!縁日で持ってきた緑亀が大きくなったから川に捨てるとかみたいに責任を放棄しないで最後までスター○ォーズに出てくるエイリアンみたいに丸々と肥え太った兄を飼ってくれと僕は心の中で何度叫んだか。
僕は子供の頃から医者とか薬剤師になって人を救いたかった。
感謝も褒められもしない人生だったからなのか、歳を重ねるにつれその気持ちは大きくなった。
医者や薬剤師になるには膨大なお金がかかる。家が医者でコネがある家、お金があって医大に通わせられる家、それから勉強が出来て推薦入学なり特待生として入学できるもの。
語学系がまるっきしダメで成績は微妙、特待生とかかすりもしないで、お金もなくコネもない、兄の悪評が足を引っ張り続ける。持たざる者……それが僕。
どうしてもなりたくてアルバイトで稼いだお金で医学書を買いさらには神保町で専門書を安く買っては読み、深い知識を得た。
だからといってそれが役に立つわけではなかった。
結局、何を努力も報われぬまま、暴れる兄に包丁で刺されて倒れた。
ついてない。
ついてない……。
兄は僕に、『お前が悪いんだ!』と叫びながら包丁を腹に突き立てた。
痛みで体が動かず倒れて気を失って、少し意識が戻るとサイレンの音が聞こえて何かに乗せられて運ばれていた。
きっと救急車でも来たのだろう。
だれが呼んでくれたのだろうか。
兄?ありえない。兄なら僕を殺して庭にでも埋めるだろう。
両親もどうだろうか。
腹違いとか血が繋がっていないとかとりわけ不細工だとかそんなことは無いはずなのに可愛がってくれなかった。それどころか無視するし、兄の分はあるのにご飯が人数分用意されていなかったり、アルバイトで稼いだお金を親孝行金と称して徴収していた。
ああ、なんだよ。
浮かんでくる思い出は最悪だ。
こんなのが走馬灯なのかよ。
腹の痛さよりも、自分の恵まれない人生に涙を流して、僕は再び意識を失った。
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