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死して振り返る
これは走馬灯だ。
沈みゆく意識の中でそう思った。
時間が飴細工のように引き伸ばされてゆく。
僕は空中に浮かんでいた。
そこには僕が他人事のように寛いでいて、目の前では兄が暴れていた。
「俺が最も不幸だッ!!お前がいなければ!ああああああああ!!」
兄は包丁を振り回して暴れていた。
奇遇だね。僕もお前のせいで不幸な人生だよ。
考えていたこと、あの時の会話。全てが流れてゆく。
「きゃあああああ!やめてっ!もうやめてっ!」
「俺は悪くない!全部お前が悪いんだああああ!!!うるさいうるさいうるさいああああ!!」
ろくでなしが叫ぶ。
一番うるさい奴がうるさいと叫び続ける。
"めちゃくちゃに振り回される包丁をみてものを切るときは手を猫の手にしないと"
と僕は余計なことをまた言ってしまった。
それで兄はキレた。
それを聞いて父は一方的に僕を怒った。ならアンタが止めろよ。
そこの豚を殴れよ。
こっちを殴ってる場合じゃないだろ?
どうやら、兄は無駄なエネルギーを使うのが好きらしい。そのエネルギーなんワットですか?
WHAT's are U?
人間一人当たりが1秒間にの発するエネルギーは100ワットらしい。
10人がいれば1キロワットで暖房器具と同じエネルギー量だ。今暴れてらっしゃる兄は1キロワットは発しているのではないだろうか。
暖房いらずだ。
暑苦しい。
その時僕が思っていたことを誰かが映像として撮ってそるを見ている気分だ。
最悪だ。
走馬灯なのに、いい思い出はない。
初夏の連休。晴れ渡る青空の元、昼食を食べ終えてリビングで始まった家族会議は早々から紛糾していた。
生理学的にいえば飯を食べた後なら怒りが治りやすいはずなのだが、失敗したなぁ。
その速さは文在寅来日の5秒会談を思い出されるマックススピード。
片付ける前にことを急いで切り出した親父の愚行。
いきなり核心に迫る父の発言を皮切りに穏やかで文明的な話し合いは去り、野蛮人がただ暴れるだけの大乱闘が始まった。スマブラかよ。
押さえつけようとする父、ヒステリックに叫ぶ母がサイケデリック。
兄がふるった腕がコップを倒し無意味に皿を叩きつける。
非常に食器が割れる音が妙にリズミカル。
親の悲鳴と兄のデスボイスが奏でる今夜限りのコンサート。
ボーカルは隣の部屋で飼っていた珍獣、ヒキコモリノアニだ。
コウモリの親戚かな。
僕はえさ係だ。なんだよ、昨日肉料理がなかったことに怒ってるようだ。
これだから動物の飼育は奥深い。
長年飼育してきた僕がわかることと言えば、兄はモテないということ。モテてたらここで騒がす、ベッドで騒ぐ筈だし、性欲をためたウチの性獣は欲求不満らしい。
だから365日自慰行為でハッスルされてらっしゃる。オナ○ーやめろよ、ピア○ーにしろよ。
喚くなら 奏でてみせよ ヒキニート。
ここまで長く語ったわけだが、僕は兄を馬鹿にしているしゴミダルマだとかウンコ製造機だと内心罵っている。
母は長男の兄を馬鹿みたいに甘やかして教育方針を誤ったと感じたらしく次男の僕をびっくりするほど厳しく育てた。
兄には小遣いがあって僕にはない。
兄には自由があって僕にはない。
兄には大学に行く金も機会もあるのに、勉強して成績も悪くない僕には許さない。
それでいて家を出ることも許されなければ、帰れば世話をしている兄から、世話をしてくれない母から、バイトの金をむしり取るろくでなしの父からストレスをぶつけられる。
僕は成人してまず最初に家族に保険金をかけた。みんな死んでしまえ。そしたらなんて幸せなんだろうか。
年末ジャンボを買うような気持ちでかけた保険金はまだ手元に入らない。
僕の扱いは家族に恵まれなくて可哀想という同情よりも、兄と同じように白い目で見られることが多い。
犯罪者の家族みたいなものだ。
頑張っても全て兄の犯罪級の騒音が僕の頑張りを無に帰す。むしろ無を取得して兄には人生をエンディングを迎えてほしいと何度思ったか。
気晴らしに近くの丸善で購入したアイザックニュートンの考えた相対性理論について書かれた本を読んだときこんなことを兄に言った。
『一般相対性理論は物があったらそこに重力が生まれるということを難しく書いた論文だ。
人間でも動けば重力波が発生するし、重力も発生させている。
星があると空間が歪んでいて光がその歪みに沿って進む。という法則があるように。ブラックホールに吸い込まれるように。デブの人ほど高い重力が発生している。つまり100キロ越えの体重を誇る兄貴には人を引き寄せる力があるはずなのだが……ふむ。どうやらその離れようホワイトホール派らしいね。』
本当に余計な話だった。
とにかく、いつからか僕の口からは皮肉が止まらなくなった。
僕はひねくれ者になったらしい。
なるなら切れ者になりたかった。兄みたいなキレものは結構。頭のいい切れ者を目指して努力しても、すべては水の泡。
逝かれた豚にろくでなしの悪魔のような両親。兄が俺は悪くないと叫ぶたびにドアを蹴り破って中に入り殴って黙らせたい衝動に駆られた。
学校でもろくでなしの弟としていじめにあい、離れた職場で働いても嫌がらせのようにイタズラ電話や脅迫状が届いて仕事を辞めざる終えなくなる。
警察もダメだった。警察はむしろ僕らに居なくなって欲しいらしい。
頼んだ弁護士は脱糞をしていて役立たず。というのは嘘だけど頼める弁護士がいなかった。
こうなれば、待っているのは絶望で。
僕の人生は灰色だった。
胸に包丁が刺さるまでは他人事で、あくまでテレビの向こうで起きる戦争をみているような気分だった。
まさか画面の向こうから本物のミサイルが飛んで来ようとは思いもしなかった。
ただ後悔だけが積もる。
死んでから懺悔するには遅すぎた。
暗い闇に沈んで行く体。
少しずつ自分がなくなってゆくような感覚だというのに、何処か心地よい。
死は生という呪縛からの解放だとはまさにその通りだ。
寒い日にあったかいお風呂に全身をつかったかのような心地よさと、荒んだ心を満たす何か。
真っ暗で何も見えない。
何も聞こえない。
暗闇が続いて、僕はひたすら落ちてゆく。
死。
死ぬって悪くないな。
それが死なのか、生なのかはわからない。
◇◆
読んでいただきありがとうございます。
次回もよろしくお願いします
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