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そんなこんなで逃げ惑ううちに場内の片隅に追い込まれてしまった。体を寄せ合う僕達を雷獣は鋭い眼光で睨んでいる。
薄情にもカミナリ小僧は兄弟子を前面に押し出そうとした。ところが相手は足を踏ん張って頑なに拒否するものだから、
「このままではオイラたちも食われてしまうではないか!」
腹立たしげに言うものの、兄弟子は泣きそうな顔でひたすらぶるぶると首を振っている。
既に観客は僕達を残して全て逃げ出していた。辺りは静まり返り、雷獣の荒ぶる鼻息だけが聞こえる。その大きな口がゆっくりと開かれ、じりじりとこちらに迫ってきた。
もうだめだ。諦めかけたそのとき、辺りに軽快なドラムの音が響き始めた。その途端、雷獣の動きがぴたりと止まった。
何が起きているのかわからなかった。ふと見れば空から白い雲の塊がふわふわと降りてきた。ドラムの音はそちらから聞こえてくる。雨はいつの間にかやんでいた。
雲は地面すれすれで止まった。その上にはさっきまでステージの上にあったドラムがあった。盗まれた太鼓だ。それを誰かが叩いている。
アスリートのように無駄のない引き締まった体。ドラムを叩くたびに躍動する筋肉。背中まで伸びたさらさらの銀髪。頭のてっぺんから突き出した立派な角。身に付けているものはトラ柄のブーメランパンツ一枚だ。
「雷様!」
カミナリ小僧が叫んだ。
「は?」ともう一度雲の上を見る。まさかこれが?なんだかイメージと違う。
「ちょっと、すごいイケメンじゃね?」
お姉ちゃんはうっとりと華麗なスティックさばきに見惚れている。
雷獣の様子はそれまでとは打って変わっておとなしくなった。まるでネコのように目を細め、ゴロゴロと喉を鳴らしている。その音はまるで遠雷のようだ。
その頭を優しく撫でてから、雷様は太鼓泥棒へと険しい目を向けた。
「お前はなんという愚かなことを仕出かしたのだ」
カミナリ小僧の兄弟子は無言で身を縮こまらせた。
「言い訳があるのなら言ってみるがよい」
その言葉に恐る恐る顔を上げた太鼓泥棒は、ぼそぼそと話し出す。
「どうしてもあの太鼓をステージの上で叩きたかったんです」
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