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「僕が……彼女を殺しました」
トマ・フラウは私の前で自白した。まだセシル・ヴァンサンの遺体がここから5メートル先の地面に死亡時の状態で横たわっている。
「どういう意味ですか、それは。これは事故ではないのですか?」
セシルの遺体は捜査官らによって様々な角度から写真を取られていた。
フラッシュがたかれる度に、セシルのなまめかしい身体を包むレオタードに縫い付けられたスパンコールが光輝く。死んだのにまだスポットライトを浴びているかのようだった。
だが彼女の目は驚愕に見開かれたまま動くことはなく、首のところで不自然な角度に曲がった顔をこちらへ向けている。
「刑事さん……ほんのわずかな間に……人は正気を失うものなんですか?」
トマはセシルの訴えるような目から顔を背けるように、うつむいていた。
私は落ち着いて聞かねばと思った。
トマはまだ18の若造だ。彼らは6つの頃からこの演目を続けてきたらしい。今、トマは長年のパートナーを失ったばかりだ。ほんの一瞬の、しかし命取りの大きな誤りに、自らを責めているだけかもしれない。
「僕とセシルは……空中でも、そして地上でも互いしかいないと思っていました」
トマが震える手で顔を覆うと、その指の隙間から涙がこぼれた。
「でもどうやらそう思っていたのは僕だけだった。彼女はよその男と一瞬にして恋に落ちた。そして僕に永遠のさよならを告げたんだ。しかも演目が始まる直前ですよ。12年も一緒に飛んできたというのに。いとも簡単に……このブランコから降りようとした」
私がこんなことを感じてはいけないのだろうが、トマの供述には殺意ではなく、切ない思慕の念がこもっていた。まるで別れた恋人へ送るラブレターのように。
「セシルは……途中で気づいたと思います。僕が何をしようとしているのかを。全て計算しつくされたものなのです。少しでもブランコを離す手が、相手を掴む手が、ずれた瞬間、全てがずれる。落ちる場所すら……だから彼女はあんな目で僕を見ているのだと思います」
つい一時間前、サーカス団シルクドヴェイユの最後の演目である空中ブランコの最中、落下事故が起きた。
高さ10メートルから、トマ・フラウの手を掴み損ねたセシル・ヴァンサンが落ちた。頚椎骨折による即死だった。セシルがネットからわずか30センチずれた地面に落ちていたのは、トマの供述通りだったからなのかは、私には判断しかねた。
「僕が……彼女を殺したんです」
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