あの日へ

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あの日へ

 あるとき、上官に呼ばれた。軍に入ってから十余年がすぎようとするころだった。  コツコツと軍で使われる独特の靴の音が、緊張感をかもし出す中、何層にも連なる階段が地下に続いている。ぼくと上官は降りていった。 「おまえは」  上官が語りかけてきた。独特の低い声が闇の中にひびきわたっていく。 「おまえは、死ぬ前にひとめ、肉親にあってみたいとおもったことは、あるか?」  軍に入った以上覚悟はあった。だが、どういう理由で上官は不可能なことをいうのだろうと模索してしまう。 「上官、どういうことでしょうか」  ぼくはそう応えつつ上官をみつめた。黙ったままの上官の顔は哀しみの窺える表情だった。  地下の底につくと長い廊下の先に、ぽつりぽつりあかりが見える。さらに先には裸電球に照らされた古びた扉があらわれはじめた。  ぼくは、ふと思った。上官のいった言葉から予想して地上の戦局が(かんば)しくないのではと、思い込みはじめた。そんな含みのある声に聴こえたのだ。  上官は扉の前に来ると、立ち止まりぼくに向きなおる 「いいか、この扉を開いた先にあるものは、他言無用だ!」 「はっ!」  浅く敬礼した。
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