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過去
二年前まで、ジェスとリーサはイルダの町で仲良く暮らす幼馴染だった。二人は子供の頃からいつも一緒にいて、成長するに連れお互いを意識するようになった。
そのうち結婚して、幸せな家庭を築くのだと周りの者は勿論、本人達も思っていた。ジェスとリーサは密かに約束を交わしていた──18歳になったら、結婚しようと。
この地方では、相手の誕生日に求婚すれば幸せな結婚が出来ると伝えられている。ジェスもその例に習い、リーサの18歳の誕生日に花束を持って彼女の家に向かった。
だが。
聞こえて来たのは、リーサとその両親の泣き叫ぶ声。家の前には、帝国の軍人が乗る黒い馬車が停まっている。馬車に無理矢理乗せられようとしているリーサ。兵士達に取りすがるその両親。何が起こっているのか、わからなかった。
──噂は、耳にしていた。公女と同じ歳の娘達が、帝国の兵士によって国の各地から何処かへ強制的に集められていると。連行されたが最後、誰一人として戻った者はいないと。それが、自分達の身に起こることとは全く思っていなかった。
「お願いです、娘を、リーサを連れて行かないでください!」
「おまえ達の娘は、皇帝陛下の命により、栄誉ある仕事を担うことになった。これは勅命である。それを拒否することは、陛下への反逆と見做す!」
隊長格らしい兵士がすらりと剣を抜き、一閃した。リーサの父親が倒れるのが見えた。リーサが悲鳴を上げた。
兵士達によってリーサが馬車に押し込められるのを、ジェスは呆然と見ているばかりだった。体が動かなかった。馬車は勢い良く走り出し、ジェスの立っている場所へ向かって来た。
誰かがジェスの体を引き寄せた。花束が手から離れる。馬車は花束を轢き潰し、そのまま町の外へ走り去って行った。
「ジェス、助けて、ジェス!」
馬車の中から漏れ聞こえたリーサの声が、いつまでも耳について残っていた。
「……それで、君は連合軍に志願したのか」
ジェスの告白を聞いて、アルマが言った。
「俺はあの時、何も出来なかったから……あいつらに一矢報いて、リーサを取り返したかったんです」
その為には、何でもやると決めた。剣や武術の強い者には片っ端から教えを請い、連合軍に入ってからも毎日鍛錬を続けた。幸いと言うべきか、ジェスには素質があったらしく、剣の腕前はぐんぐんと伸びて行った。
リーサが連れ去られてから一年後、リーサの母親が死んだ。夫と娘を一度に失い、傷心のうちに病に倒れたのだった。ジェスの決意はますます高まった。
噂では、連れ去られた娘達はケルツァ城に集められているという。ケルツァ城攻めの伝達が来た時は、内心躍り上がらんばかりに喜んだものだ。リーサはきっとそこにいる。
──思った通り、確かにリーサはケルツァ城にいた。
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