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04◆7月2日3・洗礼
もうじき日付の変わる時刻。シエラの滞在初日の目まぐるしい一日も終わりに近づこうとしていた。
アッシュとの食器洗いをすませ、正式に自室となった1階の部屋へと移動する。
窓がないため昼夜暗く厄介だが、ソファやベッドは備えられ両方とも適度に沈むスプリングが疲れた体に心地良い。
日付が変わってもシエラにはやるべき事が残されていた。ソファに座って男を待つ。
キスをしながら「後で行く」と囁いた男。
夜も深いというのに遠慮がなく、カタキの男は根っからの非常識らしいと内心で貶す。
だが彼女の方でも言い分があったので、先方からの訪問は好都合でもあった。
コンコン、とノックの音が静寂の室内に響く。来客のようだがシエラは無視を決め込んだ。
するとノック音がひとつして、今度は勝手にドアが開く。
前言通り現れた見紛うはずのない美貌の男はウィル。「入るよ?」と微笑んで、後ろ手にドアを閉めた。
余裕の言動。警戒ではなく好意のためシエラから視線を離さない。
まさか私欲だなんて予想もできず、圧倒されそうになったシエラは己を奮い起たせるため口火を切った。立ち上がって睨みつける。
「どういうつもりだ!」
思いきり意地の悪い口調へウィルは参ったように肩をすくめた。
わざとらしい動作だったが新参者のシエラに彼の鬼畜な真意はまだ掴めない。
「いきなり怒鳴るなんて酷いな。何か言いたそうだったから聞きにきてあげたのにね」
完璧な顔立ちに憂いをたたえて理屈で責める。
これにはシエラも憤慨だ。何でこんな被害者面をされなければならないのか。立場の逆転に納得ができない。
「うるさい!ワタシをここに監禁するつもりか!」
矛盾した意見だった。
彼女は日中ひとりで外出している。いつでも逃走可能な自由の身なのだ。
ウィルは小さく息を吐いた。少し残念だったのは彼女がまだ男物の服だったこと。
夜着や下着姿を期待していたのに大きな誤算だ。
近くで見れば見るほど綺麗な容姿をしているのに勿体ないと思う。
……軽く現実逃避をして男は質問にようやく応じた。同じ答えの繰り返しが面倒だったのだ。
「憤りの理由はそれ?出入りは自由と言ったはずだよ。目的を果たしに来たのならありがたいと思ってほしいな。オレを殺すんでしょ?」
自分は絶対に死なない。そんな余裕の物言いを、今もこれより前も事あるたびに見せつけられシエラはキッと睨みつける。
言い負かす言葉も見つからず、唇が悔しさに震えた。
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