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2・多可盛山
多可盛山の最寄り駅の出口から、山に向かって伸びるゆるやかな上り坂。その坂は三つに枝分かれし、それぞれルートの異なる登山道につながっている。
男は一番左の道を選び、足早にルートを踏破して行った。道中にはルートのガイダンスや山の歴史を伝える看板が一定間隔で立てられていて、普通に歩けば迷うことはなさそうに思えた。
やがて、山の中腹ほどに差し掛かった所で、男は道の脇に広がる林に足を踏み入れる。整備された登山道から外れると、手つかずの自然が顔を覗かせる。木の根の間、岩の影。周囲に視線を向けながら、瀬奈の姿を求めて道なき道を進んでいく。
どれくらい進んだろうか。
ふと、歩みを止めて見上げた。
その視線の先、並んだ大木の枝の間に『何か』が垂れ下がり、ゆっくりと左右に揺れているのが見えた。
それは、風に揺られる巨大なミノムシのよう。
――あるいは、人。そう、成人女性くらいの……
男は目を見開き、感電でもしたかのように動きを止める。
しかし、その硬直は一瞬で、男は迷うことなく垂れ下がった『何か』の元に駆け寄る。
一歩一歩近づくにつれ『何か』の詳細がはっきりと見えてくる。
それは――
折れて垂れ下がった枝だった。
枝に残っていた葉の束が、たまたま人のようなシルエットを作り出していたにすぎない。男はくたびれた表情を浮かべて、ふぅ、と大きくため息をもらす。
数秒後、男は視線を下ろして横に向ける。
そこには、大小さまざまな石を組み合わせた構造物があった。自然の力で石がこんな形に積みあがることは考えられず、何者かの手によるものなのは明白だ。似た雰囲気の構造物を挙げるとしたら、イギリスのストーンヘンジなどだろうか。
だが、もっと簡単に言い表すなら、墓地。
石の表面は長い年月で風化し、苔に覆われていた。しかし、中央にそびえる最も大きな石の上半分が大きく欠けており、そこだけ真新しい部分が露出している。
その構造物を前にして、男は思い出す。
以前聞かされた、古い伝承だ。
伝承の語り部曰く「前途ある若者の血を求めて、怪しい術を使う〈魔女〉が神隠しを行う」と。
「そんなのただの昔話でしょう? もし〈魔女〉なんてのが現れたとしても、現代ではただのイカサマ師ですよ」と、その時は一笑に付したのだが、語り部のばぁさんに恐ろしい目で睨まれたのを覚えている。
それだけならばただの思い出だ。しかし、最近耳にした噂の「平穏を脅かす忌まわしい術の使い手が暗躍している」という話は、否応なしに古い伝承を思い起こさせるのである。
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