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01. プロローグ オレンジの思い出
水仕事を終えた私は、痛む腰を庇いつつ、テーブルを支えにして慎重に椅子に座る。
長い時間、立ち続けているのはつらくなってきた。足腰が弱るのはともかく、自慢だった歯がぐらつくようになった気までする。
装飾品が嫌いな私の趣味を反映して、ダイニングにはシンプルな棚や食器くらいしか目立つ物が置かれていない。
花瓶は無いし、時計も最初から掛けなかった。
以前は固定電話が壁際にあったが、それも取り外してしまい、現在は代わりに小さな人形を置いている。
これが唯一の部屋の飾りで、椅子から見ると照明を反射して目映いくらいだった。
この陶製の置物だけは、三日と空けずに埃を払っているのだから、昔のままに綺麗でも当然だ。
二本の足で直立する、ちょっと奇妙な姿の人形。
頭の上には後光みたいな円盤が付いていて、ちょっと仏像を思わせる。実のところ、神様の一種らしいけれど、詳しいことは調べても分からない。
トルコだかエジプトだか、中近東の民芸品を集めた博覧会へ出向いた時のこと、博物館の外では併設してフリーマーケットが催されていた。
民族柄のスカーフやパワーストーン、色とりどりの雑貨が一面に並べられており、なかなか盛況だったのを覚えている。
誰かに肩をぶつけられ、うっかり落とした百円玉の転がった先に、オレンジ色のそれが在った。全くの偶然が導いてくれたってこと。
売り物だろうに隅っこで横倒しになっていた人形を、店の外国人に頼んで見せてもらう。日本語が怪しく、詳しい来歴は教えてもらえなかったが、購入は即決した。
懐かしい友人に、よく似ているから。本人は自分のことを助手だなんて言っていたが、今はどこにいるのだか。
以来、ずっと目の届く場所で人形は私と暮らして来た。大事に扱っているのだ。
せっかく落ち着いたばかりの腰を持ち上げ、人形へそろりと歩み寄る。
飾っている理由は、過去への郷愁からだけではない。戒め、かな。
人生は後悔の連続だ。何の悔いも無い人間なんて、いやしない。
それでも、前を見て進むコツならある。この不思議な友人が教えてくれた。
左の掌に乗せた人形は滑らかな体をしており、ひんやりと私の熱をいくらか奪う。
出会いは、まだ私が高校生のとき。いや、元を糾せば、もっと昔から始まる話か。
人形の顔を自分に向けさせた私は、古く懐かしい記憶に思いを馳せた。
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