第16話 5000兆円で政界進出してみた

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第16話 5000兆円で政界進出してみた

 奥田先生が、衆議院選挙に立候補した。  与党の比例代表枠での出馬なのだが名簿順はかなりの上位で、今の与党の議席数と勢いを考えたら当選はまず間違いない。一体どうやってこの短期間に与党内でここまでの強い地位を確保したのかは分からないが、おそらく大量に金をばらまいたのだろう。  かたや、和夫と美知子夫妻は相変わらずの逃亡生活である。買い物に行くのにも車で三十分以上かかる山奥で、彼らはひっそりと暮らしていた。外出を最小限に控えるよう言われているので、一日中ぼんやりとテレビを見ているだけの退屈な毎日だ。  ある日、和夫が不機嫌な顔で言った。 「やっと気づいたよ。俺が金生教の教祖にさせられた理由」 「なにそれ?」 「トカゲのしっぽ切りだ。俺たちは捨て駒だったんだ」 「え?どういうこと?」  キョトンとしている美知子に、和夫はいまいましそうな顔で説明した。 「FBIが俺たちを捕まえに来たっていうのにさ、奥田先生もその仲間の奴らも、今までと何一つ変わらない生活をしてんじゃん。  俺たちはコソコソとみじめな逃亡生活。でも奥田先生は隠れるどころか、堂々と国会議員の選挙にすら出てんだぜ。金生教を作ろうっていうのは全部奥田先生のアイデアだし、先生がリーダーになって一から十まで全部仕組んで、俺なんてただ印鑑を貸しただけなのにさ」  「確かに」と美知子はうなずいた。 「要するに、先生は最初からこれを狙ってたんだよ。  金生教を作る時の名義は全部俺にしてあるから、何かあった時の疑いは全部俺にかかるようになってる。それで、警察がどこをどう嗅ぎ回っても出てくるのは俺の名前だけで、奥田先生と仲間の奴らには絶対につながらないようにしてある。  今はまだ、警察の目から逃がれられてるからこうして平和に暮らせているけどさ、もし俺たちが警察に見つかって捕まってもきっと奥田先生は助けてくれないし、知らない人だと言い張って平然とバックレるぜ絶対」 「そんな。考え過ぎよ」 「いや、先生はそういう人だ。お前もわかるだろ?」 「まぁ……確かに先生は怖い人だけど……」  そこに、ピンポンという呼び鈴の音が鳴った。  呼び鈴が鳴っても全部居留守を使えと、和夫と美知子は指導されている。仲間は呼び鈴を鳴らした後、返事がなくとも合い鍵を使って自分で入ってくるというルールにしてあるので、出迎えは不要なのだ。  呼び鈴が鳴ったら、和夫と美知子は必ずインターホンに映った画像を確認する。それで、やって来たのがもし警察だったら、すぐに裏口からこっそり外に出て、近所に止めてある逃走用の車まで走って逃げる。車はいつでも鍵が刺さったままにしてあって、それに乗って別の避難場所まで逃げる手はずになっている。  インターホンを見ると、やって来たのはセバスティアンだった。  この隠れ家に来てからも、セバスティアンはちょくちょく家まで顔を出してくれる。今までと違って、この辺鄙な土地は都心からかなり離れているのに、それでもわざわざ足を運んでくれる心遣いが二人には嬉しかった。  彼以外のメンバー達との連絡は、よほど大きな用件がない限りは基本的に電話である。ほとんど顔も覚えてないようなメンバー達からの電話での指示に従って、和夫はただ黒いATMを操作し、活動に必要な資金を指定の口座に振り込むだけだ。 「先生は、国会議員になって『日・カロカロ友好議員連盟』を打ち立てるつもりなんです」とセバスティアンは言った。 「へぇー。まだ国もできてないのに?」 「はい。今のうちから地道に党内での存在感を少しずつ高めていかないと、いざカロカロ共和国が独立した後から準備を始めても遅いですからね。日本がいち早くカロカロ共和国を国として認めれば、きっと国際社会もこぞって承認してくれるはずです」  なるほど。それで先生いきなり国会議員なんて目指し始めたのか、と和夫は初めて奥田先生の意図を知った。 「それで、肝心のカロカロ族はどうなの?独立したがってるの?」 「そこはフェルナンドが根回し中ですね。族長はかなり乗り気になってくれたみたいですが、族長以外にも何人か部族の中心人物がいて、今はその人たちを説得しているところです」 「それにしても、よくもまあそんな南の島の原始人みたいな奴らと話をできたもんだね。話を聞く前に槍で襲われたりしなかった?」  セバスティアンは顔の前で大げさに手を振りながら、笑って否定した。 「私も実際に行ってみましたけど、部族といっても、そこまで原始的な暮らしをしているわけじゃないですよ。腰に布を巻いただけの民族衣装を着るのはお祭りの時だけで、普段は彼らも洋服を着て西洋風の生活をしています。  街の中心部には舗装道路もあるし、車やバイクも走ってました。よくある貧しい発展途上国という感じの国ですね。  そこで私たちは、島に超VIP向けの最高級リゾートを建設することをカロカロ族に持ちかけているんです」 「最高級リゾート?」その言葉に、贅沢好きな美知子が思わず目を輝かせた。 「はい。彼らの住む島の西側にはきれいな白い砂のビーチが広がっていて、周辺の海にはダイビングに適した美しいサンゴ礁もたくさんありました。  このビーチに隣接して、限定された大金持ちのメンバーだけが秘かに滞在できる、隠れ家的な小規模リゾートホテルを建設するのです」  しかし、いきなりリゾートホテルと言われても、そんなものに全く縁のない和夫にはピンと来なかった。そのホテルがカロカロ族の独立と何の関係があるのか。 「いま、カロカロ族の島には病院も空港もなく、原始的な小さい漁港があるだけです。上下水道、電力などのインフラも貧弱です。  そこで彼らには、このリゾート計画に賛成してくれたら我々の資金で発電所を作り、上下水道を完璧に整備して、港を近代化して空港も作ると約束しました。もちろん病院や学校などもきちんと整備します。  その代わり、彼らにはサン・ステファノス共和国から独立して、カロカロ共和国になってほしいと条件をつけたんですね」 「なるほどね……。でもさ、別にそのためにわざわざ独立なんてしなくても、それ普通にホテル建設に協力するだけでもよくない?」 「そこは、少しだけ策を使いました」と、セバスティアンはいたずらっぽく笑って答えた。 「実は、カロカロ族にこのリゾート計画を持ち込む前に、我々は先にサン・ステファノス共和国の大統領にも同じ計画を持ちかけて、わざと断られておいたんです。  大統領に話をする時には、絶対に断られるような最悪の条件をつけて、わざと横柄な態度で高圧的に話をしました。  もちろん、大統領は激怒して私たちを追い出したのですが、それが私たちの狙いでした。そうやって断られた後で、私たちはカロカロ族の族長のところに行って『サン・ステファノス共和国の大統領には断られてしまったので、仕方なくあなたに直接お願いに来た』って言ったんです」 「あー。相変わらず頭いいなぁ奥田先生。大統領が怒っちゃってるから、カロカロ族が独立して別の国にならない限り、この話は実現しないってことにしたのか」 「そうなんです。あと、サン・ステファノス共和国って、もともとあまり外国人に優しくない国なんですよね。それも独立国を作る理由の一つにしました。  あの国って、入国しようとしたら面倒なビザが必要な国がほとんどだし、空港は首都の島に一応あるにはあるんですが、小さいプロペラ機しか発着できません。だから観光客もほとんど来ないんです」 「それ、どういうこと?」 「私たちが作ろうとしているのは、プライベートジェットで世界中を飛び回っているような、超VIPを相手にする最高級リゾートなんです。  そんな裕福な人たちに、入国のためわざわざビザを取れだとか、プロペラ機に乗り換えて来いとか、そんな面倒なことをやらせるようでは観光地として全く話にならないですからね。  だから私たちは、カロカロ族の族長に向かってこう言ったんです」  ――カロカロ族の島が独立国になったら、ほとんどの国からビザなしで簡単に入国できるようにしましょう。それから、ジェット機が離着陸できる長い滑走路を持つ空港も作って、海外からの観光客を大歓迎する国にするんです。  そうすれば大量の外貨が入ってきます。島の皆様の生活はずっと豊かになります。それで、他の島の部族たちが悔しがるような、裕福な栄えた国になりましょうよ―― 「おおー。それはカロカロ族も喜んで話に乗るんじゃない?」 「そうですね。族長はもう乗り気ですし、部族の有力者も近いうちに説得できると思います。そしたら次に、サン・ステファノス共和国の議会に裏工作を仕掛けます。  議会の中に、カロカロ族の独立を認める派の議員を増やすんです。こういう未開の国は賄賂に対する取り締まりが先進国よりずっと甘いですから、賄賂を大量にばらまけば、これもそんなに難しくはないと思います」  奥田先生の考えた周到な作戦に、和夫は無邪気に喜んだ。 「おおー。すごいな。これは計画が上手くいったら、俺たちもぜひ行ってみたいもんだね、カロカロ共和国」  その言葉に、美知子も「そうよね。だって私たちのお金で作った超VIP向けホテルなんだもの。私たちは当然、オーナーとして歓迎してもらえるのよね?」と嬉しそうに言った。だが、セバスティアンは心底申し訳なさそうな顔を浮かべながら答えた。 「それは――非常に申し上げづらいことなのですが……難しいかと思います」 「え?なんで私たちはカロカロ共和国に行っちゃダメなの?」  美知子が心底不服そうに口をとがらせる。 「まず、パスポートが取れません」とセバスティアンは説明した。 「お二人は海外旅行は初めてですから、パスポートを作らないといけないのですが、FBIに睨まれている今、お役所にパスポートの申請を出すなんて、警察に居場所をわざわざ自分からバラしに行っているようなもんです。  それに、もしパスポートを持っていても、お二人の情報は出入国審査の窓口にも当然伝わっているでしょうから、出国審査の時点でバレて別室に連行されて、そのままFBIに身柄を引き渡されるのは確実でしょう」 「そんなぁ……」  落胆する二人に、セバスティアンは固い表情のまま静かに告げた。 「……実は、今日私がここに来たのは、そのFBIの件なんです。いきなりで恐縮ですが、FBIなどに関する件で、お二人に大事なお願いをしなければなりません。  現時点ではあまり細かい事情を説明できないのが申し訳ないのですが……。とにかく和夫さん、美知子さん。これからはこれを、できるだけ身の回りに置いて生活するようにして下さい」  そう言って、セバスティアンは黒い鉄の塊をゴトリとテーブルの上に置いた。  冷たく黒く光る金属の銃身に、艶のある木製のグリップ。  彼が用意したのは、銃身の短い小型のリボルバー二丁だった。
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