破談の波紋

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瀬川と書かれた表札前でタクシーは停車した。 ゆっくりと降りると斗真は大きく息を吐いた。 就職して直ぐに家を出た。 当然の様に母親の綾子は、実家からこのまま通えるのにどうして家を出る必要があるのかと聞いた。 認めてもいない引っ越しに業者が家の中を歩くのも嫌だと、頑として譲らなかった。 引っ越し業者が入らなければ引っ越しは出来ないと分かっていて言っているのだ。 (あれも嫌これも嫌…勝手にしなさい、好きにしなさいと言いながら……どうしろって言うんだろうな?) いつもそう思っていた。 結果、僅かながら身の回りの物を鞄に入れて幾つかの荷物を事前に送り、一人でひっそりと家を出た。 出てから半年は家に近寄らなかった。 半年過ぎた頃に忘れた様に電話があった。 伯父さんからお土産を貰ったから取りにおいでと…何もなかったかの様に、家を出る事も反対などしてなかったかの様に……自然に母への態度は冷たい物になっていった。 久し振りに実家の玄関を開けた。 「ただいま。お邪魔します。」 お手伝いさんが出て来て困った様な顔を見せた。 「……母さん、怒ってる?」 苦笑しながら聞くとお手伝いは小さく頷いた。 「ありがとう。休憩してて?ちょっと五月蝿くなるけど気にしないで…。」 お手伝いさんに声をかけて廊下を奥へ進みリビングに入った。 母お気に入りの豪華な応接セットが置いてある。 そのソファに座り、頭を抱えている綾子が目に入った。 顔を上げた綾子は機関銃の様に捲し立てた。 上品な機関銃なんだろうけど、上品なだけに都合の良い所は浮き彫りになって聞こえる。 ソファに座り、心を遠くに置いて綾子の意味不明な繰り返しを斗真は黙って聞いていた。 「あなたの幸せの為なのよ!薔子さんは良いお嫁さんになるわ。どうして直接お兄さんに断りに行くの?相手のお家まで勝手に挨拶に行くなんて私に言えばいいでしょう?」 いつまでも続くそんな言葉を…斗真は静かに聞き続けた。
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