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水野さんとあんなに酷い別れ方をしたから、 Premierでのバイトも辞めなきゃかなと思った。
罵倒されるかもしれないと思うと正直なところ、麻理さんと顔を合わせるのもつらかった。
制服に着替えるのも躊躇われ私服のまま恐る恐る厨房に顔を出すと、たくさん並べたセルクルに、熱心にスポンジ生地を絞り出していた麻理さんが気づいて振り返り、あたしを見て少し笑った。
「おはよう。
いろいろあって私も何を話していいか判らないけど、もし良かったら着替えて今日も一緒に仕事して欲しいわ。
巳緒ちゃんが嫌ならもちろん無理にとは言わないけど、巳緒ちゃんと一緒に働きたいと、私は思ってる」
麻理さんの真剣な瞳に、あたしは思わず頷いて厨房のドアを閉め休憩室で着替えた。
麻理さん、本当に良い人だ。
すごい人だと思う。
あんなに可愛がっている甥御さんを手酷くフった女を、冷静に評価して一緒に働きたいと言ってくれる。
あたしもあと1週間ちょっと、一生懸命働こう。
それから1週間と少しの間、あたしも麻理さんもその話に直接触れることはなかった。
水野さん目当てに来ている女の子たちの問いかけに、あたしが困惑して黙っていると厨房から出てきて
「ちょっと体調を崩してしまって、もう来ないと思うわ」
と微笑んで言った。
えーっと女の子たちが不満そうな声を上げ、それでもケーキは買って帰った後、麻理さんはあたしを見て無言のまま微笑み、また厨房のドアを開けて入っていった。
恭子さんも無事にお子さんが退院して、あたしのバイト最終日に挨拶を兼ねて会いに来てくれた。
水野さんと別れたことは麻理さんから聞いていたようでそのことには触れず、夏休み中本当に助かったと、繰り返し礼を言ってくれた。
あたしは泣きそうになりながら、もう二度と会うことはないだろう恭子さんと握手した。
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