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レイジングスピリッツに行こうとトランジットスチーマーラインに乗って並んで座り、風に吹かれながら景色を眺めていた巳緒が呟くように言った。
「あたし、水野さんとこういうとこに来たことなかった。
スクリプトを書くのにつきあってもらったり、大学やバイトの帰りにどこかへ寄ったりするくらいで。
もっとデートらしいデートとかしてあげれば良かった。
そうしたらあたしも、水野さんのこと好きになれたかな…」
巳緒は忘れてない。
水野さんを傷つけたこと、好きになれなかったことで自分を責めている。
悔やんでいる。
俺は心臓をぎゅっとつかまれるような、焦燥感にも似た感情に苛まれた。
嫉妬…?
俺は船の前方にある、スチーマーを見ながら言う。
「俺は、詩織ちゃんとディズニーランドに行ったり映画を観たり、いろいろ出かけたけど、それでも好きにはなれなかった。
巳緒とだって、今まで芝居を観に行ったり買い物に行ったりしたけど、だからって好きになるわけじゃない。
それとこれとは関係ないよ」
「だいたい、好きな人とだったらどこに行かなくたって何をしてなくたって、一緒にいられればそれだけで嬉しいし楽しいんじゃないのかな。
水野さんはバイト先についてって一日中巳緒の働く姿を眺めていたり、一緒にイチから考えてスクリプト書いたり、それで充分楽しかったと思うし」
巳緒が自分を責めることはない。
俺はそう言いたかった。
巳緒は少し笑って「彰って意外とロマンチストだね」と言った。
そして俺に寄りかかり肩に頭を乗せて「…ありがと」と小さく呟いた。
俺は巳緒の額に頬を寄せて目を瞑り、巳緒の香りに包まれるような気分に浸った。
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