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なかなか時間が合わず、伊藤と智香ちゃんに次に合流できたのは、もう薄暮の頃だった。
マーメイドラグーンとアラビアンコーストを繋ぐ橋の上にいると言われて、俺と巳緒はその場所に向かった。
ライトアップが始まって一気に幻想的な雰囲気になった園内を、俺は巳緒の手を取って混雑を避けながら歩いた。
「見つかるかな」
巳緒が言う。
確かにすごい混雑だ。
「まあ、場所は解ってるんだし、向こうだって気をつけて探してるだろ…
おっ」
俺は2人を見つけて、思わず立ちどまった。
橋の上でキスしている2人が黄昏の淡い光と、ライトアップにシルエットになって浮かび上がる。
こんなところで堂々と…
声かけられないぞ。
巳緒も気づいたらしく、俺たちはなんとなくオブジェの陰に隠れた。
「どうしよう…」
巳緒が俺の顔を見る。
どうしようって言われても。
俺はスマホを取り出して、カメラを起動しズームして2人を撮った。
「彰っ」
巳緒が驚いたように制止する。
「だってなんか、すごくいい感じじゃん。
恋人オーラっての?気持ちが溢れてて」
「…そうだね…」
巳緒も2人を見つめている。
ふいに、その瞳から涙が零れて、俺は驚いた。
「どうした?」
と顔を覗き込む。
巳緒は口許を手で押さえて、嗚咽しそうなのを堪えている。
「好きだったら、自然とああいうふうにキスしたくなるんだよね、きっと。
あたしには、溢れる気持ちは無かったなあと思って。
水野さんに申し訳なかったなって…」
俺は黙って巳緒を抱きしめた。
巳緒は俺の胸に額を押しあてて嗚咽している。
巳緒のこの、深い心の傷が癒えるのはいったいいつになるんだろう。
巳緒に誰か好きな人が現れるまで、俺は誰も好きになれない気がする…
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