巳緒・2‐1

3/3
前へ
/229ページ
次へ
 「あ…えっと、夏休み期間中のバイト探そうと思って…  1か月半しかないけど」  照れて言いながら水野さんの方へ向き直ると、水野さんはあたしの大きなトートバッグをさりげなく持ってくれる。  「ああ、そういえば、僕の叔母がバイトしてくれる子探してたな」  思い出したように言う。  「え、何の?」  「三茶で小さなケーキ屋を営んでいてね。  今、来てくれてるパートさんの息子さんが、夏に手術することになったんだけど、まあ秋口には退院できるだろうってことで、夏休みの間だけ」  えーっ。  なんか、願ってもないバイト??  「大学の友達で誰かいないかって言われてたんだけど、そんな女友達居ないし、すっかり忘れてた。  まあ、気が向いたら考えてみて」  「ケーキ屋さんのバイトって、してみたい…」  あたしは両手で頬を押さえ、うっとり呟く。  「三軒茶屋なら近いし…  あ、でもサークルあるから、毎日は無理かも」  「うーん、そこらへんは僕にはなんとも…」  と水野さんは困ったように笑って、  「あ、じゃあ、これから叔母の店に行ってみる?」  とあたしの顔を覗き込む。  「え、渋谷は?」  あたしは驚いて訊く。  急に心臓がドキドキと大きく打ちだす。  「ああ、渋谷行きたい?」  「そ、うじゃないんだけど…  いきなり水野さんの叔母さまにお会いするのは、心の準備が…」  あたしが胸を押さえながら正直に言うと、水野さんは微笑む。  「叔母っていっても、母とは年齢が離れていて僕の姉みたいな人だし、気さくでざっくばらんな人柄だから、大丈夫だよ」  「そ、そう…?」  まあ、本当にバイトさせてもらうなら、いつかは会わなきゃいけないんだしね。  あたしは心を決めた。  「じゃあ…良かったら連れていって。  でも急で大丈夫かな?」  「判った。じゃあ行こう。  叔母も早い方が良いと思うから」  水野さんは機嫌よく言って、あたしの肩をポンと叩いて歩き出す。
/229ページ

最初のコメントを投稿しよう!

89人が本棚に入れています
本棚に追加