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「侑都!珍しいわね、あんたがお店に来るなんて」
奥の扉から賑やかな声がして、赤いラインの入ったお洒落な白いコックコートを着たパティシエールが姿を現した。
水野さんの叔母さん、というには確かに若い感じ。
30代後半くらいかな?
薄化粧なのにとても綺麗。表情が生き生きしてるからかも。
「あら!なに?女の子?」驚いたように言って、ガラスケースを回ってこちら側へ来る。
麻理さんからはバニラの甘い香りが漂ってきた。
「彼女?やぁだ、可愛いじゃないのぉ~」
水野さんの腕をバンバン叩く。
水野さんは苦笑いして「彼女の桝沢巳緒さん。同じ大学の2年生」とあたしを紹介し、あたしに「叔母の麻理さん。ここのオーナーパティシエール」と言った。
「はじめまして…」あたしが言うと「はじめまして、巳緒ちゃん。会えて嬉しいわ」と笑った。
「姉さんからも聞いてなかったし。びっくりしたわぁ。
何?私に彼女を紹介しようと思って来てくれたの?
それとも金欠で無料のケーキ食べに来たの?」
あははと笑う。
「違うよ!お金はちゃんと払いますって。
母さんからも言われてるし。
夏休みのバイトの件。もう決まった?」
水野さんが怒ったように言い、麻理さんは「あ、まだ決まってないの。え、もしかして巳緒ちゃん来てくれるの?」とあたしを見た。
「毎日は来られないんですけど…」
おずおずと言うと「あ、できたら平日、週に3、4日来て欲しいの。この、恭子さんの代わりだから」と先ほどの店員さんを指してにっこりする。
「ごめんなさいね。よろしくお願いします」
恭子さんは申し訳なさそうに頭を下げた。
「あら、そういうつもりじゃないのよごめんなさい、気にしないで」
と麻理さんも謝る。
そしてあたしの方を向いて「予定があれば先に言ってくれれば、シフト組むからね」と言った。
「あ、はい…」
あれ?あたしここで働くことになっちゃってる?
思わず水野さんを見ると、水野さんは苦笑して「麻理さん、採用なの?」と訊いた。
「え?何言ってんの当たり前でしょう。侑都の紹介なら即OKよっ!」
と麻理さんはまた水野さんの腕を叩く。
そこへお客さんが入ってきた。
「いらっしゃいませ~」
麻理さんと恭子さんの声が綺麗にハモる。
「じゃあ、詳しい話はまた後で。
何か食べていって。
巳緒ちゃんの分は麻理さんのおごりよん♡」
と笑ってガラスケースを超え厨房へ入っていった。
「イートインにどうぞ」お店の左側にある、イートインスペースを掌で指して恭子さんが言った。
あ、イートインがあるんだ。じゃあ、ここでのサービスもバイトの内容に含まれるのかな。
「巳緒ちゃん、ケーキ決めないと」
あたしがぼーっとイートイン席を見ていると、水野さんがあたしを呼んだ。
あ、そうだった。
あたしが急いでショーケースの前に戻ると、水野さんがあたしの肩をぎゅっと抱いて一緒にショーケースを覗き込んだ。
「ふたつ、選んで。君の好きなケーキをシェアしよう」
水野さんって、いつもこういう感じ。
あたしの好きなもの、気に入るものを最優先してくれる。
彰なら自分の好きなものをとっとと決めちゃって、悩んでるあたしは置き去りだよ。
っていうか…
あたしは顔が赤くなっていくのを止められなかった。
肩抱かれてるとか…初めてじゃない?
あたしは思わず頬に両手をあてて顔色を隠しながら、ショーケースに見入った。ふりをした。
「ん~…じゃあこの、フルーツタルトとミルフィーユ、あ、やっぱりオペラ…いやピスターシュ…」
水野さんは笑いだす。恭子さんも笑っている。
は、ずかしい…
「やっぱりフルーツタルトとミルフィーユでっ」
あたしが身体を起こすと、水野さんは肩から手を外して「じゃ、それください」と言った。
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