巳緒・2‐2

3/5
前へ
/229ページ
次へ
 「侑都!珍しいわね、あんたがお店に来るなんて」  奥の扉から賑やかな声がして、赤いラインの入ったお洒落な白いコックコートを着たパティシエールが姿を現した。  水野さんの叔母さん、というには確かに若い感じ。  30代後半くらいかな?  薄化粧なのにとても綺麗。表情が生き生きしてるからかも。  「あら!なに?女の子?」驚いたように言って、ガラスケースを回ってこちら側へ来る。  麻理さんからはバニラの甘い香りが漂ってきた。    「彼女?やぁだ、可愛いじゃないのぉ~」  水野さんの腕をバンバン叩く。    水野さんは苦笑いして「彼女の桝沢巳緒さん。同じ大学の2年生」とあたしを紹介し、あたしに「叔母の麻理さん。ここのオーナーパティシエール」と言った。  「はじめまして…」あたしが言うと「はじめまして、巳緒ちゃん。会えて嬉しいわ」と笑った。  「姉さんからも聞いてなかったし。びっくりしたわぁ。  何?私に彼女を紹介しようと思って来てくれたの?  それとも金欠で無料(ただ)のケーキ食べに来たの?」  あははと笑う。  「違うよ!お金はちゃんと払いますって。  母さんからも言われてるし。  夏休みのバイトの件。もう決まった?」    水野さんが怒ったように言い、麻理さんは「あ、まだ決まってないの。え、もしかして巳緒ちゃん来てくれるの?」とあたしを見た。  「毎日は来られないんですけど…」  おずおずと言うと「あ、できたら平日、週に3、4日来て欲しいの。この、恭子さんの代わりだから」と先ほどの店員さんを指してにっこりする。    「ごめんなさいね。よろしくお願いします」  恭子さんは申し訳なさそうに頭を下げた。  「あら、そういうつもりじゃないのよごめんなさい、気にしないで」  と麻理さんも謝る。    そしてあたしの方を向いて「予定があれば先に言ってくれれば、シフト組むからね」と言った。  「あ、はい…」  あれ?あたしここで働くことになっちゃってる?    思わず水野さんを見ると、水野さんは苦笑して「麻理さん、採用なの?」と訊いた。  「え?何言ってんの当たり前でしょう。侑都の紹介なら即OKよっ!」  と麻理さんはまた水野さんの腕を叩く。  そこへお客さんが入ってきた。  「いらっしゃいませ~」  麻理さんと恭子さんの声が綺麗にハモる。    「じゃあ、詳しい話はまた後で。  何か食べていって。  巳緒ちゃんの分は麻理さんのおごりよん♡」  と笑ってガラスケースを超え厨房へ入っていった。  「イートインにどうぞ」お店の左側にある、イートインスペースを掌で指して恭子さんが言った。    あ、イートインがあるんだ。じゃあ、ここでのサービスもバイトの内容に含まれるのかな。    「巳緒ちゃん、ケーキ決めないと」  あたしがぼーっとイートイン席を見ていると、水野さんがあたしを呼んだ。  あ、そうだった。  あたしが急いでショーケースの前に戻ると、水野さんがあたしの肩をぎゅっと抱いて一緒にショーケースを覗き込んだ。    「ふたつ、選んで。君の好きなケーキをシェアしよう」  水野さんって、いつもこういう感じ。  あたしの好きなもの、気に入るものを最優先してくれる。    彰なら自分の好きなものをとっとと決めちゃって、悩んでるあたしは置き去りだよ。    っていうか…  あたしは顔が赤くなっていくのを止められなかった。  肩抱かれてるとか…初めてじゃない?    あたしは思わず頬に両手をあてて顔色を隠しながら、ショーケースに見入った。ふりをした。  「ん~…じゃあこの、フルーツタルトとミルフィーユ、あ、やっぱりオペラ…いやピスターシュ…」    水野さんは笑いだす。恭子さんも笑っている。  は、ずかしい…  「やっぱりフルーツタルトとミルフィーユでっ」    あたしが身体を起こすと、水野さんは肩から手を外して「じゃ、それください」と言った。
/229ページ

最初のコメントを投稿しよう!

89人が本棚に入れています
本棚に追加