巳緒(みお)・1‐1

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 彰はコーヒーを飲み干し「巳緒さ~ん、コーヒーもう一杯」と言い出した。  はあ?とあたしが呆れると「酒が抜けないんだよ~」情けない声を出す。  まったく…  あたしがもう一杯、自分の分も淹れて持っていくと、彰はポチポチと入力していた。  「うえ…細かい字がつらい…目が回る…」と呻く。  「自業自得って言葉しかないわ」とあたしが決めつけると  「おっしゃる通り…」と目をしばしばさせた。  爺さん臭い仕草に笑ってしまう。  「…あのさぁ、巳緒」と彬が言い淀んで、コーヒーのマグカップを弄ぶ。  「何?」  「英文科の3年に告られたって?」  「!」  なんで知ってるのっ…?!  あたしが驚いて彰を見ると、彰はあたしから目を逸らし、頬をポリポリとかいた。  「いやまあ、俺にもそれなりに情報網っていうか?  そんなのがあるってことで」    嘘つけ。  あんたにそんなもの1mmでもあったらあたしはひれ伏してあげるわ!  どうせ智香らへんが喋ったんでしょう。  あたしは疑いの眼で彰をじっと見る。  彰はあたしをちらっと見て慌てたように「で?どうすんの?付き合うのか?」と訊いてきた。  「うーん。まだ考えてる…そんなに良くは知らない人だし…  真奈ちゃん先輩の友達って感じなだけで。  でも、優しくて良い人そうだなーとは思う」  眼鏡が似合う、頭の良さそうな人。  皆で話してると、あたしの話をいつもうんうんって頷きながらにこやかに微笑んで聞いてくれる。  「ああ、英文科の人って…あの人か。  よく部室に来てる、真奈ちゃん先輩の友達の男かぁ。  イケメンじゃん。良かったなー、人生初の彼氏じゃね?  おめでとー」  はははっと笑う。  なにその言い方。笑い方。  あたしはイラっとして思わず言い返した。  「別に人生初の彼氏じゃないけど。  ありがとう、ぼっちの彰くん」  彰もムッとした顔で  「どういたしましてー。っていうか、彼氏持ちの巳緒さん?  一人暮らしの男の部屋にいたらまずいんじゃないの?」 と、殊更にふざけた調子で言う。  「ああ、そうね!お邪魔様でしたっ!」  あたしは後に引けない気持ちになってしまって、トートバッグとゴミ袋を持ち、彰の部屋から出てドアを思い切りバタン!と閉めた。  アパートの廊下をどすどす歩きながら、怒りを抑えられずゴミ袋を振り回した。    なによっ!彰の莫迦っ!  相談しようと思ってたのに!  あたしは怒っているのか悲しいのか、よく解らなくなって駅までの道をひたすらに歩いた。
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