一章 あにおとうと

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ある日のこと、臣民がジャックを決定的に見放す事件が起こった。 ジャックが馬車で平民の子供を轢き殺してしまったのである。御者の心得もないのに、御者の真似事をし、馬の尻を鞭で精一杯叩き全力で馬車を走らせてしまった故の悲劇である。 普通ならばジャック及び城から誠心誠意の謝罪があると思われるが、ジャックや城は反省の欠片もないのであった。特にジャックは平民なぞものの数には思わないようにメアリから教育されており、子供を轢いたことに関しても蟻などの虫けらを踏み潰した程度の感覚でしかないのであった。 子供を轢き殺された母親、ジュリアは納得がいかずに城へと謁見に向かうのだった。何十回もの謁見の申し込みの末にやっと謁見が許されたのだが…… 「馬車の進行方向にいたお前らが悪い。余は悪くない」 反省どころか血も涙も情もないジャックの開口一番だった。当然、ジュリアは激昂する。 「そんな! あんまりでございます!」 「ガタガタうるさいなぁ、平民の子供なぞ塵芥のように生まれるのだからまた産めば良いではないか」 「いくら王子様であろうと臣民に対してこの態度は許されません!」 「平民ごときが生意気を言うな!」 ジャックは玉座から降り、ジュリアに平手打ちを放った。 「平民ごときが余に口答えをするとは何たる無礼か! 死刑にしてやりたいところだが、罪もない者を死刑には流石に出来ん! 死刑にされないことを我々に感謝するのだな! さっさと失せて二人目…… いや、もう一度の一人目を作るのだな! 子を成すことは我が国への貢献になるのだからな!」 ジャックは右手を上げた。「追い出せ」のサインである。近衛兵が怪訝な顔をしながらジュリアを取り押さえる。 「早く連れて行け」 子供を自らの国の王子に殺されておきながら泣き寝入りをするしかない。ジュリアは毎日枕を濡らし、家と我が子の墓参りの往復を繰り返す毎日を過ごす。そんな中、ジュリアは我が子の墓に供えられた花が新しくなっていることに気がついた。城下町にはないような綺麗な花である。それこそ城の中庭の庭園にあるような花であった。一体誰がこの花を供えてくれているのだろうか。気になったジュリアは墓の前で待ち伏せをすることにした。 まだ、明けの明星の極めて弱い光が大地を照らす時、墓の前を一人の少年が通りかかった、その少年の手には綺麗な花が握られている。少年が花を供えようとしたところでジュリアはその手を握った。 「あなた、いつもこの墓に花を供えてくれているのですが……」 明けの明星の光に照らされた少年の顔を見てジュリアは驚いた。
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