一章 あにおとうと

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我が子を殺した不倶戴天の敵のジャックと似た顔、もうひとりの王子であるアンリの顔だったからである。ジュリアは王族諸侯を目の前にした反射的動作でその場に跪く。アンリはその肩を叩いた。 「跪かなくても良い、ジュリア。顔を上げて、立ち上がっておくれ」 ジュリアはその言葉に従い、立ち上がった。そして、アンリに尋ねる。 「アンリ王子、どうしてこのような日も昇らぬうちに我が子の墓へ?」 「日の昇るうちだと、花を持ってこれんでな。城の花壇より花を持ってきたのが母上や兄上に知られると面倒なのでな」 「それはわかりました。どうして花を……」 アンリはジュリアに頭を下げた。それを見てジュリアは戸惑う。 「そ、そんな! 王族の方に頭を下げさせるなぞ!」 「いいえ! 血と肉と骨を分け与えし命にも代えがたきそなたの子を殺したのは我が兄! 我が兄に変わり償いをしたいのです!」 「それで花を……」 「花を供えることが償いになるとは思えません! ですが…… ですが……」 アンリはその場で泣き崩れた。償っても償い切れないことを兄、いや、自分の国が犯してしまった故の悲しさと悔しさから溢れ出る涙であった。この涙を見て、ジュリアは思う 「同じ兄弟でもここまで違うものか」と。 ジュリアはアンリを抱き起こし、頭を撫でた。 「あなたの兄君も国も許せません、恨む気持ちも変わりません。ですが、アンリ王子までその罪を背負い泣く必要はございません、償いの必要もございません」 アンリは家に帰ろうと踵を返し、歩き出した。ジュリアは気になることがありアンリに尋ねた。 「あの、アンリ王子」 「何かね?」 「どうして私めのような平民の名前を知っていたのでしょうか」 アンリは笑顔で答えた。それと同時に日が登り、後光がアンリの顔を照らす。 「臣民の名を覚えるのは王族として当然ではないか。我は第二王子でこそあるものの王族に変わりはない」 そう言ってアンリはジュリアの前から去っていった。ジュリアは心から思う 「何故あのお方が次期(つぎ)の王様になれないのだろう」と。
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