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店長と後輩
今日は、ドライブ。バイトの仲間と。
俺が車を出した。運転もしている。
メンバーは、俺、そして俺の面倒をよく見てくれるいい先輩、それと俺の後輩、そしてもう一人・・・
そう、店長。 俺たちのバイトの店長だ。
この、四人でドライブに行った時の話です。
俺は居酒屋のバイトをしている、今俺はキュウリ担当の仕事をしている。
俺もまだ新米の域を出ないが、俺よりあとにこの居酒屋に入った奴がいる。
それは、今俺が運転している車の左後部座席に座る、俺の後輩だ。
こいつは、今、乾燥ワカメのふやかし見習いをしている。
ワカメのふやかし見習いをするまでは、俺がやっていた皿洗いの仕事を担当していた。
俺はいつも、キュウリをちゃんと切ることに一生懸命になっているので、俺の後輩が皿を洗っているときのことは、はっきりとは見たことがない。
見たことはなかったが、皿の洗い方は俺が教えた。
教えのだが、こいつはウサギのように大人しい表情をしているが、俺からものを教わるのが嫌いだったのか、俺の言うことを気持ち半分で聞いている。
本当は真剣に聞いていたのかもしれないが、俺にはそう見えた。
俺が教えても、「はぁい。」「そうなんですか。」と気のない返事にしか思えなかった。
その様子を見て今助手席に座っている俺の先輩がその時にこの後輩をたしなめた。
「お前は、まだ教わる方の立場という事を考えろよ。」と先輩は言った。
「えっ、なんの事ですか?」と後輩は言った。
「お前、なんで俺が怒っているのか分からんの?」と先輩は聞き返した。
「はい分かりません。」と答えた後輩の声に抑揚はない。
「それが分からないということは、お前は相当頭悪いよ。」と先輩は言った。
「すみません。」後輩は一応という感じで謝った。
「そうやって、心にも無い感じで謝ってもまた同じことするだけだろ。」
と言って先輩は容赦なく後輩を追い込んで行くように見えた。
そんな二人のやり取りを目の当たりにして、俺は少し怖くなった。
(俺もしっかりしなくてはならない)と俺は思った。
後輩だけが悪いのではない、俺もこの後輩を叱り飛ばさなければならない。
俺は後輩に言った。
「おい、お前は全然なってない。」
後輩は、
「なんで、貴方にそんなこと言われなければならないのですか。」
と冷静な口調で言い返してきた。
俺は、
「なんででだって、なんでもだ。」
と後輩を諭した。
しかし、後輩は、
「私の何がなってないのですか?教えてください。」
とまたも俺に冷静な口調で歯向かってきた。
俺は、
「何がだって、全部だ。そう、全部。」
と後輩に何が悪いかを教えてあげた。
後輩は、
「だから、全部って具体的に言ってくださいよ。」
と少し口調が強くなったが俺にアドバイスを求めてきた。
すると、それを横で聞いていた先輩が俺に、
「お前は、後輩になんか言える立場じゃないぞ。お前より、こいつのほうがよっぽどましだぞ。」
と言って後輩の肩に手を置いた。
俺は、先輩にそう言われて立場がなくなった気がした。
それから先輩と後輩がなにやら楽しげに談笑をしだした。
俺は、二人が話に夢中になっているのでその間、後輩の代わりに皿洗いをした。
先輩と後輩が談笑し俺が皿洗いをしていて、ちょっと店の奥のほうから店長がやってきた。
店長は後輩を呼んで連れて行った。
俺は、洗っている皿を手にとりながら店長と後輩が何をやっているか横目で見た。
すると、店長は後輩にまな板の前でキュウリの切り方を店長自ら見本をみせて教えていた。
俺は、このバイトに入って何ヶ月もかかってやっとキュウリを切らせてもらった。
それなのに、このバイトに入って一週間の後輩が店長にもうキュウリの切り方を教えてもらっている。
俺は激しく動揺し、手に持っていた洗い途中の皿を床に落としてしまった。
「ガッチャーン!!」
という大きな音に気づいて後輩が俺のほうを見た。
「あれ、何であなたが皿洗ってるんですか?私がやりますからそのままにして置いてください。」
と後輩は俺に言った。
俺はただ呆然としていた。
先輩が、俺が落として割った皿を片付けていた。
「お前、ボーっとしてないで早く片付けろよ。 まったく、何やってんだよ人の仕事に勝手に手を出して
おまけに皿まで割って。やっぱりあいつの方がお前より100倍マシだよ。」
と先輩はいって後輩に目をやった。
俺は先輩に言われて、慌てて先輩と一緒に落とした皿を片付けだした。
そんなやり取りを店長はだまって見ていた。
そんなことがあって、その日のバイトの終了後俺は店長に店の奥の部屋へ呼ばれた。
店長が俺を個人的に呼ぶことなんて、それまでは一度もなかったことだ。
俺が部屋に入ると店長は自分専用の椅子に座っていた。そして、俺に前に来るように言った。
俺は店長の前へ恐る恐る行った。店長は黙っていてなかなか口を開かなかった。
が、ついに口を開いた。
「おい、ちょっと、200円貸してくれ。いいか?帰りにコンビニでなめらかプリンを買いたいんだ。いいか?」
俺は呆気に取られて言葉を失った。
「あ、はあ。」と俺は答えた。
「そうか、いやー助かったよ。今日財布忘れて来ちゃったんだが、どうしてもなあのプリンが食べたくてな。みんなのいる前だと情けなくてなかなかこんなこと頼めないからな。すまんな。ありがとう。」
と店長は緊張が解けたように微笑んだ。
呆気に取られて俺だが、この店長の言葉で完全に理解をした。
それは、俺は店長に一番信頼されていると。
お金の貸し借り何という一番重要で、しかも気まずい事を、先輩でもさっきキュウリ切を教えた後輩でもなく誰あろう俺に頼んだのだ。 この事だけでも店長は、「今日あんなことはあったがお前がこの店で俺が一番重要だ」と200円借りることで伝えてくれたのだった。
俺は、店長に200円を渡した。
「ありがとな。明日お前出勤か?明日返すから覚えておいてな。」
俺が200円渡して店長は無邪気に喜んだ。
「じゃあ帰るか。」
と店長は言って、二人で店の外へ出た。
店を出て店長との別れ際、
「お疲れ様です。」と俺はいつものように挨拶をした。
「お疲れ。」
といつものように店長も挨拶を返してくれた。
といつもはここで終わるのだが、その日はちょっと違った。
「200円ありがとな。 あと、そうそう、お前うかうかしてると後輩に追い抜かれるぞ。」
と言葉を付け加えた店長の目は、さっき200円受け取った時のようには笑ってはいなかった。
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