5人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
店長と昼食
今日は、ドライブ。バイトの仲間と。
俺が車を出した。運転もしている。
メンバーは、俺、そして俺の面倒をよく見てくれるいい先輩、それと俺の後輩、そしてもう一人・・・
そう、店長。 俺たちのバイトの店長だ。
この、四人でドライブに行った時の話です。
そうそう、まだ俺たちがどこへ向かってドライブをしているのかを言っていなかった。
高速道路に乗って今俺たちが向かっているのは、山だ。山でワラビを取りに行こうかと思っている。
山でワラビを採ってどうするか?それは俺の知るところではない。
店で出すのか、そのまま持ち帰るのか、その場で湯がいて食べるのか風任せの旅である。
高速道路のインターを降りて、まず向かったのが地元の名物を出す定食屋だ。
この地方の名物は地元の赤土の中で丸々と成長したモグラ料理だ。
モグラの料理を出すのは、世界中探してもこの地方以外には珍しいだろう。
この海から遠い地方ではモグラは貴重なタンパク源として昔から珍重されて来たらしい。
俺は、はっきり言ってモグラさえ食えればワラビ採りなどどうでもよいくらいだ。
中でも、モグラのセイロ蒸しは一度食べたらやみつきになると言われているらしい。
そして、俺がこの地方の名物を気に入っているのが、これだけのモグラ料理を名物としているのに、モグラにまつわるグッズやキャラクターが一切存在しないところだ。
その、潔いこの地方の姿勢が俺を虜にする。
しかし、俺はまだそのモグラの味は知らない。
店長は昔一度食べたことがあるらしいが、その味については一切語ろうとはしない。
しないどころか、こちらからモグラについての話を切り出すと店に飾ってある観葉植物の世話をしだして
その場から離れてしまう。
理由はわからないが、この旅の昼飯で俺がモグラ料理を食べに行きたいといったら店長はあっさりとオーケーをした。
それよりも、一緒に行く先輩と後輩の方が「そんな、気持ちの悪そうなもの食べたくない。」と言って躊躇していた。だが、店長が「あいつのいい様にさせろ。」と先輩と後輩の二人に言ったために晴れてモグラを食いにいく事ができるようになったのだ。
事前に調べていたモグラ定食を最初に提供したとして名高い老舗の定食屋に俺達は車を進めた。
そこは高速を降りて約10分。畑と田園が広がるこの地の中では、一番のメイン通りだろうと思われる道の少し入ったところにある。
モグラの料理が有名なのだが、看板でそれを一切唱っていない。見た目はただの和定食屋だ。俺にはそれが良いのだ。
一見普通の定食屋にしか見えない。
店の引き戸の入り口の前に掛かる暖簾(のれん)には「はこぎや」とひらがなで昔の文字のように書かれている。
後輩が先頭になかに入る。
先輩が続き、店長、俺の順に入っていった。
「何人?」
といらっしゃいませの声もなく、客慣れしすぎて、愛想を忘れたかのような割烹着姿の色黒の50才を越えるだろう女が声をかけた。
「4人。」
と先輩は返事をして俺たちは奥へ通された。
10畳くらいある広めの座敷に、6つの座布団を敷いたテーブルが4つ。その一番奥に案内され俺達はそれぞれに座布団に座った。店長は一番奥に皆に勧められ「いいのかと?」言って奥に座ることを当然に思う気持ちをごまかす体は分かったが、それはいつものことだから俺はもう気にしない。今は店長のその`芝居'を可愛らしくさえ感じる。
先輩の前調べはさすがだ。おすすめモグラ料理を食べたことがないのに理解している。
それが合っているかどうかは別にして、情報量は大したものだ。しかし、先輩はそれを鼻にかけない体を作ることで、鼻にかけるのがわかる。俺は、そんな体裁を店長の体裁とは違って可愛らしいとは思はない。「う~ん。」と思う。 話は逸れたが先輩は事前に仕入れたその情報でみなにおすすめモグラ料理を解説していく。
俺はそれに乗って、先輩の勧めるままにモグラの棒葉(ほうば)味噌と肝揚げ汁を頼んだ。
先輩の情報がもっともらしいので、みんなが同じメニューで注文をした。
料理が届くまでが大変だ。店長は、みんながこの旅が楽しいと言うことを自然な状態で見せていないと不安になるらしい。その、店長の不安の為にみんなが芝居をする。でも、芝居をしていることは店長もみんなも気付いてはいけないのだ。あくまでも自然な事。店長はカツラではない自毛だ・・そう言うことだ。
「運転は大丈夫か?」と店長が俺に聞いた。
「大丈夫です。」と俺は答えた。
「疲れただろ。これ食っていいぞ。」と言って薬味に使う用の山椒の入った瓢箪型の木の小さな器を手にとって俺の前に置いた。
俺は困った顔の芝居をしない芝居をしながら、山椒の器の前でオロオロする芝居をしない芝居をした。
店長はそんな俺の様子を見てもう一度
「食っていいぞ。」と言った。
「た、食べれない、です。」と言って俺はさらに困った体で下を向いた。
「なんだ、食べれないか。美味いぞ。」と言った。
俺は『店長は誰よりも場を和ませる冗談が上手』というような、困り方をした。
「いいなあ。俺も山椒食いたいなあ。」と先輩が
俺に対する愛あるいじりと言う体で山椒の器をもっと俺に近づけた。
俺はまたさらに困って皆が笑う。
このような`自然なやり取り'が料理が届くまで続く。この `自然なやり取り'で店長が安心するなら安いものだ。
〜続く〜
最初のコメントを投稿しよう!