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おばちゃんとは月に一回、第一日曜日だけ会えることになっている。おばちゃんは赤色が好きだ。赤色のバッグを持っていたり、赤色の靴を履いていたり、必ず何か赤い物を身につけている。今日はベージュのコートに赤色のマフラーを巻いていた。待ち合わせ場所にいる私の姿を見ると、満面の笑みを見せる。
「美奈ちゃん、こんにちは。今日は何が食べたいかな」
おばちゃんがいつもの通り、私に食べたいものを聞く。
「えっとね、私、ステーキが食べたいの」
「うん。分かった。駅前に美味しいステーキ屋さんがあるから、そこに行こっか」
「やったあ。すっごい嬉しい」
私がぴょんぴょん跳び回りながら言うと、おばちゃんはニコッと笑みを見せた。
「小学校でね、マラソン大会があったの。美奈はね、学校で三番目だったの」
私はステーキを頬張りながら、目の前に座るおばちゃんに話す。
「へえ、そうなんだ。すごいね」
おばちゃんは大きく何度もうなずく。おばちゃんと会うときは、私が話をし、おばちゃんはずっと私の話を聞いてくれる。
「それでね、マラソン大会が終わった後に表彰式があって、賞状をもらったの。ほら見て」
私は自分の鞄から賞状を取り出し、おばちゃんに見せた。
「わあ、すごい。良かったね。おばちゃんも自分のことのように嬉しいよ」
おばちゃんは「すごい、すごい」と私の頭をなでてくれた。私は嬉しくなり、「にひひひ」と笑ってしまう。
その後は、おもちゃ屋さんでお人形を買ってもらい、駅へとやって来た。おばちゃんとは駅で別れるのがいつものことだった。でも、おばちゃんは最後にいつもと違うことを言い出した。
「実はね、美奈ちゃんと会うのはね、今日が最後なの」
おばちゃんはその場にしゃがんで、私の目を見ながら言った。
「え、どうして」
「もう美奈ちゃんとは会えないの。本当にごめんね」
おばちゃんの顔はいつもと違い、悲しげな表情になっていた。
「嫌だよ。おばちゃんと会えないなんか嫌だ。絶対に嫌だ」
おばちゃんは困った顔をしていたが、首をブルブルと左右に振る。
「どうしてもダメなの。おばちゃんも美奈ちゃんに会いたい。でもダメなの」
「嫌だ。おばちゃんとは来月も会いたいし、その次も会いたいし、その次の次も会いたい」
おばちゃんは下を向いて黙り込むが、やがてキリリとした表情になって、私を見る。
「おばちゃんはね、実は悪いことをしたの。結婚して、子供もいたのに、他の人を好きになってしまったの。それで夫と子供を傷つけてしまったのよ。だからね、その償いをしなきゃいけないんだ。それでもう美奈ちゃんとも会えないの」
「そんなの関係ないよ。お父さんが言ってたよ。悪いことしても、反省して、もう悪いことしなかったら良いんだよって。だからおばちゃんも反省したら大丈夫だよ」
「ううん。だめなの。もう二度と許されないことなの」
「私ね、お母さんがいないの。だから、おばちゃんがお母さんみたいで嬉しかったの。これからもおばちゃんがお母さんの代わりになってくれたら……」
その時、おばちゃんが私のことをぎゅっと抱きしめた。体が潰されそうなくらいの強さだった。おばちゃんの首元から、ふわっと香水の匂いがした。
「美奈、ごめんね。本当にごめん」
「急にどうしたの、おばちゃん」
「本当に、本当にごめんね」
おばちゃんは鼻をすすっていた。その度におばちゃんの体が上下する。
「どうしたの、おばちゃん。泣いてるの。悲しいことでもあったの」
おばちゃんは私の言葉には答えず、鼻をすするだけだった。しばらくしておばちゃんが私から体を離す。また、いつもの笑顔を見せるが、その目は真っ赤だった。
「美奈ちゃん、一つお願いがあるの」
おばちゃんはそう言って、身につけていたマフラーを私に渡す。
「このマフラーを美奈ちゃんにあげるわ。美奈ちゃんが大きくなってから、このマフラーを持って私に会いに来てくれないかしら。それまでこのマフラーを大事に使ってほしいの。良いかな」
おばちゃんはマフラーを私に差し出し、まっすぐにこちらを見ていた。私はおそるおそるマフラーを受け取った。ふわふわの温かいマフラーだった。長さは私の首を五回くらい巻けそうな長さだった。
「うん、分かった。絶対に会いに行く。大きくなったらおばちゃんに会いに行く」
おばちゃんは「ありがとうね」と、優しい笑顔になる。
その後、私はおばちゃんを改札まで送った。おばちゃんは改札を通った後も、何度も何度も私の方を振り返り、手を振った。私はその度に手を振り返した。やがて、おばちゃんの姿は見えなくなった。
私はその場に立ったまま、おばちゃんが消えたあたりをじっと見ていた。首に巻いたマフラーをぎゅっと握りしめる。マフラーからじわっと、おばちゃんの温もりが伝わってきた。
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