第二章「素直になれない」

3/8
前へ
/128ページ
次へ
足が固まったみたいに動かなくて、だけど相沢が一歩ずつ近付いてくるから、私もその分無意識に後退りした。 「…逃げんなって」 相沢は、あの時みたいな雰囲気だった。 最近はからかわれることもなかったけど、教室では相変わらず王様で自己中で煩い。女子達も周りに何人もいて、笑いながら相沢に腕を絡ませたりしてるところも、何度か見た。 その度に胸の奥がチクチクするのが嫌で、いつの間にか相沢のいる方向を見るのをやめた。 「…何」 もう、騙されない。あれがもし本気だったんだとしても、またあんな惨めな気分を味わうのは嫌。 強気な声を出して相沢をキッと睨むと、困ったように小さく笑う。 「そんな警戒すんなって。別に、いじめにきた訳じゃねぇから」 「…じゃあ、何しにきたの」 「さぁ?俺もよく分かんね」 …何だ、それ。そんなこと言われる私の方が、分かんないよ。 相沢は視線を下に向けたまま、靴の先で地面を軽くなぞる。ジャリジャリ、音がした。 「…ただ、あのまま終わるのどうしても嫌で。今更だけど、あの時はごめん」 “あの時”そのフレーズを聞いただけで、辛い気持ちがまたぶり返す。 「…何のごめん?」 やっぱり、ただ私をからかっただけだってこと…? 「…あの時、ちゃんと言えなかった。あいつらに見られると思わなかったし、否定するのも恥ずかしくて」 相沢の声のトーンが下がる。 「俺、マジでだっせぇよな。リーダー気取ってたって結局は、仲間外れにされたくねぇし恥ずかしさの方が勝つ。相田を傷付けたって分かってても、謝りにいくのが怖かった」 「…」 「どうせ、信じてもらえる訳ねぇから。好きだって言っても」 そのセリフの後、相沢は視線を上げて私を見る。私の胸が、ドクンと音を立てた。 「…ずっと、好きだった。一年の頃から」 「え…」 相沢とクラスが一緒になったのは、三年になってからが初めてなのに。 「お前、家庭科部だったろ?俺が一年の頃、試合の直前にユニフォーム破いて焦ってた時、それ見てたお前が縫ってくれたじゃん。覚えてる?」 「…覚えてる」 お尻のところが破れたユニフォームを手に、家庭科室の前にある水汲み場でブスッとしてた相沢に、私が声をかけたんだ。 「俺背高いじゃん?誰かの借りても丈短くてダセェし、はじめての試合だったから絶対ヘマしたくなかった。尻破れたなんて恥ずかしくて言えねぇし、あの時はマジで焦ってた」
/128ページ

最初のコメントを投稿しよう!

419人が本棚に入れています
本棚に追加