第二章「素直になれない」

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相沢は片手を上げると、私の家とは反対方向に歩いていった。切なくて、自分が情けなくて、今すぐ追いかけたくて、でもそんな勇気なくて。 きっともう、相沢と会うことは二度とないんだろう。 そう思うと涙がジワリと滲んだけど、自分の弱さが招いた結果なんだから泣く権利なんか私にはない。 目元を乱暴に腕で擦って、色んな気持ちがぐちゃぐちゃに混ざり合ったまま、重い足取りで家まで帰った。 ーー 「ただいま〜」 「おう、お帰り」 あれからミオちゃんとカラオケに行って、その間はなにもかも忘れて楽しめたけど、ミオちゃんとバイバイしたら浮かんでくるのはやっぱり相沢の悲しそうな顔で。 モヤモヤしながら帰宅すると、いつもとは違う声が私を出迎えた。 「卒業おめでとう、花梨」 「葵にぃ!」 リビングのドアを開けると、そこには笑顔の葵にぃが居た。 「久しぶりだね!どうしたの?」 「どうしたのって、花梨の卒業祝いに来たに決まってんだろ?」 「葵にぃも志望大学受かったんでしょ?おめでとう!」 「ありがと。花梨も合格してるといいな」 「…あはは」 (アオイ)にぃは、私のいとこ。お母さんのお姉ちゃんの息子で、私の三つ上。もう卒業したけど、偏差値の高い公立高校の三年生だった。 私と同じく、受験生。会うのは久しぶりだけど、電話やメッセージでのやり取りはよくしてる。主に、私が受験関係で相談して、それに葵にぃが答えてくれる感じ。 「ねぇ花梨、葵君益々カッコよくなったわよねぇ」 ダイニングテーブルの椅子に腰掛けながら、お母さんが笑う。 「んー」 葵にぃに顔を近付けてまじまじと観察。通った鼻筋に大きめの瞳、ぷくっとした唇も色白の肌も、私よりツヤツヤで綺麗。背は高いけど、相変わらずスラッとしててスタイルもいい。 元々色素の薄い葵にぃの髪色は蜂蜜みたいで、手触りもサラサラで昔から凄く羨ましかった。 「うん。葵にぃは昔からずーっとカッコいいけど、久しぶりに見たら更にカッコよく見える」 笑顔で言うと、葵にぃは優しい眼差しで私の頭をポンポンと撫でる。 「そう言ってくれんの、ホント花梨だけだよ」 「またまたぁ。葵にぃ好きにならない女の子居ないよ」 昔からよく“葵信者”って母さんにからかわれてる私。 クラスの男子には絶対言えないけど、家族の葵にぃにならすらすら言えた。 「俺男に見られないから。可愛いって言われるだけ」 「えぇー、葵にぃよりカッコいい人なんて居ないのに」 「良かったわねぇ葵。受験疲れしっかり花梨ちゃんに癒してもらえて」 葵にぃのお母さんで私のお母さんのお姉ちゃんでもある恵子おばちゃんが、机に頬杖をつきながらニヤニヤしてる。 「ホント、花梨はいつも素直で可愛いよな」 葵にぃに優しく言われて、私は凄く嬉しくなった。
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