12の選択肢

1/1
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/2ページ

12の選択肢

「ミュージシャンズミュージシャン」という言葉をあなたは知ってますか? プロのミュージシャン達に支持されるミュージシャンという意味で、耳の肥えた音楽家が好んで聴く音楽の作り手を指して言います。そういった天才達に愛される天才の代表格と言えばモーツァルトが有名でしょう。 当然ながらモーツァルトに対する評論は数多くあって、古くはゲーテから、日本では小林秀雄のモーツァルト論など目にする機会は多々あるように思われます。 僭越ながら、私自身が「天才だなぁ」と感じる理由は音楽に淀みが感じられないところです。私も作曲をする身なので、音楽を聴いていると、曲と曲の間に違和感を感じることが多々あります。例えばAメロとBメロの間、あるいはBメロとサビの間、という具合にです。もちろん、その違和感を劇的効果として用いる音楽も多数存在します。とは言え、その違和感、音楽の淀みとは何なのでしょう? 端的に言うと、それは迷いの跡であり、逡巡の跡、思考の跡でもあります。例えばとてもきれいなサビが思いついたとして、「それじゃあ」という事で、それに見合うAメロやBメロを作る。その時間の経過の中で、考えたり、迷ったりしながら作曲するのは、むしろ一般的だと思います。 しかしモーツァルトの音楽には、その迷いや思考の跡のようなものが感じられないわけです。モーツァルトがどのように作曲していたかを伝える記録は多数あって、それによれば、モーツァルトは楽器を用いず、長い曲でも、頭から終わりまで頭の中で聴こえる音楽をそのまま写譜してただけだ、と言われています。 「本当か?」と疑いたくもなりますが、あの音楽の淀みのなさを考えると、かなり信憑性が高いだろうなと私は思います。 つまりモーツァルトの音楽は始めから終わりまで、軽快なリズムのジェットコースターにでも乗ってるように、次から次へイマジネーションが湧き出て来る時間を追体験させてくれる音楽である、というのが私の見解です。 以上、個人的なモーツァルト論が長くなってしまいましたが、今回は彼の「キラキラ星変奏曲」をご紹介したいと思います。 みなさんも幼稚園で歌ったことがあると思いますが、もともとはモーツァルトが生きていた当時、フランスで流行っていたシャンソンで、タイトルは「ああ、お母さん、あなたに申しましょう」という曲でした。そのメロディーを使って彼は12のバリエーションによる変奏曲を作り上げます。それが現在「キラキラ星変奏曲」と呼ばれる作品です。 https://youtu.be/XQdqVeadhAY この作品は1781年から1782年の間に作曲されたと言われています。作曲当時のモーツァルトは25歳。わずか5歳で作曲を始め、ヨーロッパ中で演奏旅行をしていたアイドルだった時代は終わり、故郷ザルツブルクで宮廷作曲家として初期の青年時代を過ごします。それは彼にとって苦痛の宮仕えであり、上司とも反りが合わず、冷遇される憂き目に遭っていました。このままでは作曲家としては大成しないだろう、という予感はモーツァルトはもちろん、彼の父レオポルトにもありました。それを受けて青年モーツァルトはパリへ向けて旅に出ます。その間に失恋を経験したり、無残に故郷に舞い戻る時期もありました。天才の不遇の時代です。しかし再び旅に出たモーツァルトはやがてウィーンに落ち着くようになります。パリで書かれたか、ウィーンで書かれたかは諸説ありますが、「キラキラ星変奏曲」はおそらくこの時期に書かれた作品のようです。 「キラキラ星変奏曲」を作曲していた頃のモーツァルトは、神童としてもてはやされた時代と、本格的な大作曲家として大成する時代の、ちょうどはざまの時期に生きていました。「キラキラ星変奏曲」を作曲して約1年後、あの有名な「フィガロの結婚」というオペラを上演して彼は一流の売れっ子作曲家に変貌していきます。 ここで変奏曲について少し考えてみたいのですが、作曲というと、先に書いたように感性やインスピレーションに導かれて作るイメージは多分にあると思います。実際、私達はそれらの情緒に共鳴するようにお気に入りの曲を聞いて支持するでしょう。 ですが、変奏曲はちょっと趣が違うように思います。   ドラマ性とか、音楽的快感はちょっと置いておいて、「このモチーフならたくさんのパターンで作れるよ」というのを競い合う作曲といえるのじゃないでしょうか? モーツァルトは12のバリエーションからなるこの変奏曲を書きましたが、裏を返せば、作曲当時のモーツァルトはひとつのメロディーに対して少なくとも12の選択肢を持っていたことに他なりません。 冷静に考えてみて、これは物凄い武器だと思いませんか? というのも、これは音楽だけに限った話ではなく、仮にあなたが大変価値のあるメッセージの持ち主だったとして、それをどのように伝えるでしょう? 小さな子供に伝える場合は、楽しく噛み砕いた表現で伝えるかもしれません。間違っても大学の講義のように伝えることはないと思います。その逆も然りで、大学の講壇で「みんな元気ー?お父さん、お母さんの言うこと、ちゃんと守れるかなー?」とは言わないでしょう(笑)。 やや極端な例でしたが、同じ日本語でも老若男女、様々いるわけですから、主婦に伝える時は日々の生活に絡めて話したり、サラリーマンに伝えるなら、彼の仕事に役立つように話すと思います。現場で戦っているサラリーマンを納得させる表現力があったら、それは立派な識者として尊敬されるかもしれません。 話をモーツァルトに戻すと、彼は音楽において12通りの選択肢を持っていた。煌びやかな表現も、力強い表現も、静寂さえも楽器の一部のように感じさせる表現も、まさに自由自在です。それはそれ以後の彼のオペラや、交響曲にも如実に現れています。 「下手な鉄砲も数打ちゃ当たる」という表現はこの場にはそぐわないですが、量が質に勝る事例は世の中たくさんあります。 私自身はモーツァルトは紛れもなく天才であったと思います。それと同時に作曲は、感性やインスピレーションに導かれて為されるもの。そしてそれからなる才能に対してのある種の信仰が生まれるのも無理からぬことのように思われます。 しかし一方で音楽は客観的かつ数学的な構造物でもあります。 もしモーツァルトは好きではないにしても、やや作曲に行き詰まりを感じている人がいたら、変奏曲と、自らの引き出しを増やす時期を設けることで、状況を打開出来るかもしれません。なぜなら「キラキラ星変奏曲」も、彼が人気作曲家として大成する手前の時期に作られたものだからです。そしてモーツァルトに限らず、ベートーベンも大作曲家は、作曲家であると共に変奏曲の名手でもありました。ジャズにおけるアドリブやインプロヴィゼーションは言い換えれば即興による変奏曲の技術そのものだと思います。 1つのメロディー(メッセージ)を12通り表現出来る。 モーツァルトには遠く及ばないにしても、現実の世界に当てはめて考えてみても、12の選択肢を持つことが出来たら、それははすごい武器になると思います。 モーツァルトを語る際、その天才っぷりは、ある種の信仰さえもたらす程の誘惑を備えています。と言うのも、圧倒的な天才にもかかわらず、失恋したり、故郷に出戻ったり、上司にいびられたり……と彼の音楽が「とても人間的」と呼ばれる、ややステレオタイプな評価を受けるだけの経験を彼自身が通過しているからです。身近な例で言えば、テレビで目にする子役のように、彼は才能を兼ね備えたアイドルでした。やがて青年に成長した彼の身にも、あらゆる現実の矛盾や不条理が容赦無く襲いかかって来ます。その時、まさにその時、ひとりの男としての彼の姿は限りなく魅力的です。 モーツァルトの優雅で光に満ちた音楽は、ヨーロッパの深い闇に裏打ちされているのです。 この記事が、音楽を愛するすべてのみなさんに、なにかしらのヒントをもたらすことを願って筆を置こうと思います。 最後まで読んでくれた読者のみなさん、 ありがとうございました。
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!