光の中の彼女

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 しかしどんなにページをめくっていっても彼女は見つからない。僕は女の子とはろくに喋ったことはなかったし、だいたいこんな可愛い子と逢っていたら忘れるはずはないじゃないか。  僕は女の子に対して申し訳なく思った。ゴメン、やっぱり君のことを思い出せない。 「そうなの。君あんな大事なこと忘れちゃったんだ。私なんのためにわざわざ君に逢いに来たと思ってるの?10年前に君に命を救われたことをお礼言いに来たんだよ!せっかくこうやってさ、お礼言いに来たのにさ、忘れてますってなんなのよ!もう最低!絶対君になんか会ってやらないんだから!じゃあさよなら!二度と会わないからね!」  そう言い終わると女の子はくるりと僕から背中を向けた。僕が女の子に謝ろうと顔を上げたらすでに女の子の姿はなく。ただ、光の中を一匹の蝉がジッジッと鳴きながらフラフラと飛んでいるだけだった。    なんだったのだろう、あの女の子は。ふと、我に帰ると胸のあたりにチクチクとかすかな痛みがあるのを感じた。それで胸元を見たら、そこに何故か蝉のサナギの抜け殻がついていたのだった。  まさかあのフラフラと飛んでいる蝉はさっき羽化した蝉なのか。じゃあさっきの女の子はなんだったのだろう。  これは夏の幻のなのか。さっきの女の子は幻が生み出した幻想なのか。僕はジュースを買うのをやめて、サナギの殻を摘んだまま、相変わらず燦燦と降り注ぐ日光の中を、家まで走って帰った。  
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