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「っ、目、開けないで」
「あ……ぁ、う……」
粘ついた白濁に覆われた茅乃の瞼を、蓮は震える指で撫でつける。愛する人の涙が交じった自分の体液は、蓮の目にはこの世のものとは思えないほど濁り、穢れて映った。
力が抜けて崩れかけた茅乃の身体を、彼は震える腕できつく掻き抱く。すると間を置かず、彼の背にもぬくもりが伝った。それが茅乃の震える腕だと思い至った途端、蓮の頬を、濡れた感触が伝い落ちていく。
「ごめん……俺」
「……ううん」
「かや姉、見てて苛々する……ごめん、でも、嫌わないで」
――嫌いになって、しまわないで。
支離滅裂な言葉の最後、縋るような懇願はまともな声にならなかった。
結局、彼は茅乃を試しているだけだ。茅乃がどこまでなら許してくれるのかを試しながら、優しい彼女に許されたいだけ。
子供の頃からなにひとつ変わっていない。
甘えと傲慢さだけでできあがっている、このつまらない己の本性は。
嗚咽は零していないはずだったが、茅乃には伝わったらしい。
乱れた衣服を直すことも、汚れた顔を拭うこともせず、茅乃は彼を抱く腕にそっと力を込めた。碌に力が入らない状態だろうにと思えば、蓮に襲いかかる呵責は瞬く間に肥大化していく。
「いいの。蓮くんは私に、なにしてもいい。私、もう絶対、蓮くんの傍、離れないから」
――ごめんね。
……謝罪、なんて。
茅乃はやっぱり馬鹿だ。心の底からそう思う。
なんで謝るの。ひどいことをしたのは俺なのに、どうしてかや姉が謝るの。
試しては許されて安堵して、あんたはいつまでそんな俺を許し続ける気なんだ。
掠れた嗚咽が蓮の口から零れる。
自分のものとは思えない弱りきった声で、彼は数年前から――否、十数年前から抱き続けてきた懇願を口に乗せた。
「かや姉は、俺が守ってあげる」
「うん」
「無防備でも自覚がなくてもいい、……けど、俺の傍、離れるのだけはやめて」
壊れ物に触れるようにして抱き寄せると、やわらかな身体は簡単に彼の腕へ傾いだ。
すっかり脱力してしまった茅乃を、蓮は寝室まで抱き上げて運ぶ。肌寒い玄関での情交に、彼女の肌は冷えきり、微かに震えていた。
そんなことにさえ、気を回せなかった。
簡単に制御を失う自分が怖くて堪らない。
他の誰より大切な茅乃を、己の欲を満たすためだけにぞんざいに扱ってしまえる自分が、ただ恐ろしくてならなかった。
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