おふくろの味

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おふくろの味

「いらっしゃいませ」 「へえ、こんなところにレストランがあるなんて知らなかったな。最近できたの?」 「当店はここで50年営業しております」 「そんなに長く。ずっとこの街に住んでたけど。まあ、いいや。あれ?メニューはないの」 「ここはお客さまが食べたいものをなんでも注文していただけるレストランです。どんなものでも、今まで食べたことのないくらい美味しいものが出来上がります。その代わり、お客さまがそれを食べるのは人生で最後になります」 「ふうん、変わってるね。もうこれから食べられないものっていうと、あれだね。死んだおふくろがよく作ってくれた、がめ煮だね。おふくろは福岡の出身だったんだ。今は女房が時々作ってくれるんだけど、やっぱり味が違うんだよなぁ」 「おまたせしました」 「うん、こりゃあ、うまいな。本当に今まで食べたことのないくらいうまいよ」 俺は満足して店を出た。振り返ると、もう店の姿はどこにも見えなかった。 あの店のオヤジはもう二度と食べられなくなるなんて言っていたけど、家の食卓には相変わらずがめ煮が出た。まあ、味はがめ煮とはいえない代物だったけど。 俺は無性にがめ煮が食べたくなって、福岡出張のときに、地元の居酒屋に入った。 ところが、どこにいっても、がめ煮なんて料理は知らないといいやがる。 どういうことだ?まるでがめ煮という食べ物が最初からなかったかのようだ。 俺は探し疲れて、クタクタにくたびれて家に帰った。 家の食卓には、今でもがめ煮らしきものが並ぶ。へっ、こいつはがめ煮でもなんでもないや。 ああ、おふくろ。もう、あんたのがめ煮は食えないんだな。
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