美しさは罪

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美しさは罪

※この作品は診断メーカーで引き当てたお題【クズ男の娘高校生】×【ストーカー系中学生】に基づいて書かれています。  忍ばせてはいるが、足音がついてきている。空耳じゃない。アイツだ。  散々まいてやったのに、ほぼ毎日つけてくるから、このままだと家バレする。  アタシはぴたりとたちどまった。  そしてくるりと振り返ると、ミニスカートの裾をひらめかせながら、全力でアイツの元に駆け寄った。  アタシの突然の行動に判断力を失ったらしいアイツは電柱の影に立ちすくんでいた。  アタシは握り拳に思いきり体重をのせ、アイツの腹に叩き込んだ。  声もなくアイツは後ろに吹っ飛び尻餅をついた。  よく見れば学ランを着た華奢な男の子だった。 「アタシに何か用?」  オーバーニーソックスにローファーの足で、少年の腹を踏む。見せパンを履いているからためらいはない。  地面からアタシを見上げる少年は、怯えてはおらず、むしろうっとりとしている。 「沙也加さん……」  げっ、コイツ名前まで知ってる。 「こんなに近くで拝見できるなんて、しあわせです」  ホンモノだわ、コイツは。 「アタシは迷惑なの」  腹にかける力を増して踏みにじりつつ、邪魔になりそうなストレートロングの髪をゴムでまとめる。  とたんに少年の顔が曇る。 「あ、美しいお(ぐし)が。もったいない」 「あんたに見せるのこそもったいないわッ」  アタシは手を突き出した。 「学生証出しなさい」  少年は逆らうことなくもたもたと学生手帳ごと学生証を差し出した。受け取ったアタシは名前と中学校名、住所を確認して、スマホで撮影する。お金持ち学校の生徒だったよ。 「僕のことに興味持ってくださったんですね」  どれだけおめでたいんだ、コイツは? 「田中貴文、お前このところずっとアタシをつけまわしてたね?」 「あんまりお美しいので」  腹を立てているのに、褒められて少し気分がいい自分にむかついた。むかつきを脚に込める。  貴文はしあわせそうに笑う。 「ああ、憧れのおみ足に踏まれるなんて光栄です」  駄目だ、この手合いに暴力は効かない。 「このアタシが踏んでやってるんだ。光栄なら、お代を払ってもらおうか」 「喜んで!」  貴文はアタシが何か言う前から取り出した長財布を差し出してきた。  財布を見て、開いた口がふさがらなかった。  現金で十万以上入っている上、三枚も入っているクレジットカードはブラックだった。 (本当にいいとこのお坊ちゃまかよ)  馬鹿馬鹿しくなって財布を投げ渡し、脚をどけた。 「沙也加さん?」 「沙也加様、だ」 「沙也加様!」  脚に縋り付きそうなのを、蹴って防ぐ。 「立て」  命じると忠犬よろしく立ち上がった。 「アタシは男だ」 「存じてます。とても素敵な男の娘でいらっしゃいます。僕の憧れのお姉様です」  アタシは意地悪く笑った。 「憧れなら、アタシに尽くしてくれるわけ?」 「もちろんです」 「プレゼントを買ってくれたり、荷物持ちをしてくれたり?」 「望むところです」 「ストーカーはやめてくれるわけ?」  貴文は中世の騎士よろしく、片膝をついて頭を垂れた。 「沙也加様のお望みのままに」 「あ、そう」  アタシはにんまり笑った。 「貴文、アタシ欲しいものがあるんだけど」 「何なりとお申し付けください」  デパートに行きたいと言ったら、高級なデパートを指定された。  入り口近くの某高級ブランドに入ったら「いらっしゃいませ田中様、本日は何をお探しでしょう?」と店員が言う。  本当にホンモノだったわ、コイツ。  貴文は堂々と答える。 「この美しい方にプレゼントを選ぶから、構わないでくれていいよ」 「かしこまりました。ごゆっくりどうぞ」  淡いピンクのバッグと淡いブルーのバッグと迷っていたら、「沙也加様には両方お似合いです。両方にしましょう」などと真顔で貴文が勧めてくる。  悪い気はしない。 「化粧品も見たいの」  貴文にちょっと甘えた声を出したら、顔を赤くして「もちろんですとも」  その時バタバタと足音が聞こえた。それはこのブランドの入り口手前で止まり、静かに入ってきた。 「貴文様、いらっしゃいませ。本日は実にお美しい方とご一緒ですね」  外商部の田中家担当、杉村という人だそうだ。 「この方にプレゼントをするんだ。バッグは両方プレゼント用に包装して。杉村さんには化粧品コーナーまでの案内をお願いするね」  話がどんどん大きくなる。気分は上々だ。  どの化粧品ブランドでも下にも置かない扱いをうけた。いつもは「この小娘が」という顔をされることもあるのに、誰も彼もにこやかで親切だ。  一番親切なのは貴文で、アタシがどんな色をつけても「お似合いです。これも買いましょう」と雪だるまの如くプレゼントが膨れていく。 「もう満足だわ」  アタシがそう言うと、貴文はまだないかと心配する。  とてもこの数時間で百万以上使った中学生とは思えない。 「アタシを満足させてくれたかったんでしょ?」 「はい」 「なら、満足したわ、今日は」  アタシはニコッと笑いかけてやる。貴文はとてもうれしそうにした。 「また、遊びましょ」 「お宅まで送って行かせてください」  必死な貴文に首を振る。 「魔法が解けちゃうから嫌よ」 「わかりました」と聞き分けがよくなっている。いいことだ。ストーカーは元ストーカーになったようだ。  アタシはデパートの出口で名残惜しそうな貴文と別れ、自分で拾ったタクシーで自宅に戻った。  昔ながらの「質」と書かれたのれんを潜り、店に入る。 「いらっしゃいませってお前かよ。裏から入れよ」  兄貴が顔をしかめる。アタシはデパートの袋からブランドバッグの箱二つを出す。 「客ですう。これおいくらになるかしら」 「未成年は受け付けません。でも見させていただきます」  カウンターに肘をつき、バックの鑑定を見つめる。  兄が顔を上げた。 「今度はどんな男だ?」 「ストーカー中学生」  兄貴が顔をいっそうしかめた。 「世も末だな。とりあえず来年十八になるまで大事に使って、その後うちに売れ」 「もう置く場所ないよー」 「自業自得!」  店を出て、裏の玄関から家に入って二階に上がる。  自室に戻ると、隅っこにバッグの袋を投げ出した。本当にもう足の踏み場がない。  こっちは女の子らしくしてみたいだけの男なのに、なぜ男とわかっても貢ぐのか? 「今日は化粧品の方が正直うれしかったな」  CだのDだのGだの様々なブランドの小さな手提げ袋ににんまりする。  貴文は当たりだった。あと何度かは付きあってやってもいいなと、沙也加こと幸次郎は思った。 ――了――
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