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これでアケチもおとなしく帰るだろう、そう思って部屋を出て行こうとした私の腕を、聖来が引っ張った。
「ゾンビが他の獲物を見つけたみたい」
聖来が化け物でも見るかのような表情をした。
聖来の視線をたどると、強靭な精神力の持ち主のゾンビ……アケチが、美術部員たちに話を聞いていた。
「はぁ~」
思わずため息が出た。
これ以上騒ぎを大きくしないほうが身のためだと思うけど……。
でも、アケチはこちらの心配をよそに、他人のテリトリーにズカズカと入っていく。
誰かアイツを麻酔銃で撃ってくれ!
そしたら、ちっちゃい名探偵がちょいちょいっと解決してくれるから。
でも、そんなうまい話は現実には存在しない。
だから、仕方なく私はゾンビを回収しに行く。
アケチは、教室の隅のほうでかたまっている三人の女生徒たちに話を聞いていた。
「ほんの些細なことでもいいんです。何か気付いたこととか、いつもと違う事ってなかったですか?」
腰を低めに尋ねるアケチを、三人はあからさまに不審者を見るような目で見つめている。
けれど、そこへ私と聖来、蓮くんが行くと、三人の態度がコロッと変わった。
視線は蓮くんにくぎ付けだ。
「え~、気付いたことって言われてもぉ~、何も思いつかないなぁ~」
質問したアケチになど見向きもしない。甘ったるい声で答えが返ってきた。
けれど、アケチも手慣れたもので、まったく気にしない。逆に質問しやすくなって助かっているようにさえ見える。
アケチはこれ幸いとばかりに、質問を重ねる。
「部長さんの絵はどんな絵なんですか?」
すると、三人が三人とも顔を見合わせ首を捻った。
「部長はみんなに絵が見えないように描いていたし、聞いても教えてくれなかったから、どんな絵を描いていたかはわからない」
おさげの女の子がそう言うと、他の二人も同意したようにうなずいた。
「そもそも、創作中はあまり人の絵を見ないかな。構図が似てしまったり、影響されたりしちゃうから」
ショ―トカットの女の子が付け足すようにそう答えた。
すると、それには聖来も同じみたいで、うんうんと頷いた。
「じゃあ、探しようがないわね」
ゾンビを回収するべく、何気に『捜索できない』ことを言葉に乗せたつもりだったけど、私の意図を無視して、大人しそうな女の子が口を開いた。
「でも、その人の特徴って絵に出るから、見ればわかるかも」
その言葉にアケチが食いつかないわけがない。
「部長さんが描いた絵はどんな感じなんですか?」
思いっきり前のめりに聞くアケチに恐怖を覚えながらも、ショートカットの女の子が思い出したように、棚の上に飾られていた絵を指さした。
「あの絵は部長が描いた絵よ。去年優秀賞をとったの」
何枚か飾られている絵の中に、額縁のところに優秀賞と書かれた札が貼ってある絵があった。
芸術的なことはよく分からないけど、ひと言でいうなら、幻想的な絵。
海に沈んでいく夕日が空を赤く染めているが、夕日を追うように夜空が迫っくるそんな絵だ。
とてもゴブリンが描いた絵とは思えない繊細さを感じさせる。
でも優秀賞をとった絵にしては、ぞんざいに扱われているような……。傾いてるし、札も取れかかってる。そう思っているのは私だけなのか、部員たちはあまり気にしている様子はない。
「そう言えば、部長の人物画って見たことないかも」
おさげの女の子がポツリとこぼすと、大人しめの女の子も頷いた。
「そうだね。部長は風景画を描いているイメージが強いかな。今回も風景画じゃないかしら」
アケチは三人から聞いたことを小さなメモ帳に記すと、小さくお辞儀をした。
「ありがとうございました」
それに合わせて蓮くんもお辞儀をすると、小さな黄色い悲鳴が上がった。
アケチはそれを無視して、今度はジッと部長さんの事を見つめている女の子のところへと足を向けた。
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